10. 誰でもいいなら

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「じゃあ俺でいいじゃないですか」 「は?」 「梓さん、別に相手は誰でもいいんでしょ。奈良さんでも、須崎さんでも——俺でも」 とんでもないことを口走っているという自覚はあった。 しかも、自分の意図している——育みたいものとは間逆なのに。 わざわざ誤解させるようなことを、なぜ言っているのだろう。 「お前はダメだ」 それでも、真っ向から否定されると、言葉は刃となり、かまいたちのように文太の一部を抉る。 傷だらけになっているからこそ、今更引き下がれなかった。 「なんでですか」 「興味ないから」 そしてまた新たに刃先を当てられて、文太はついに押し黙った。 違う。 こんなこと言うつもりもなかったし、知るつもりもなかった。 「わかりました。もういいです」 俯いたまま踵を返すが、呼び止められることも、足音が追って来ることもなかった。 このまま食堂に戻ったら、楠本に詮索される。 そう危惧して、わざわざ玄関口まで回った。 ——わかってはいた。 奈良と須崎は違う。たぶん、須崎とはもっと深い関係なのだろう。 梓にとって、いちばん近しい人間なのであろうことも。 文太は思い上がっていたのだ。 自分ももしかしたら、須崎と同じ土俵にいるんじゃないかと。 しかし、とんだ思い違いだった。 同じ土俵にいるのは自分じゃない。姿をなくしても未だそこに居座り続けているのは——— 文太は鼻からゆっくりとため息を吐いて、膝を抱えたまま、すのこに座り込んだ。 薄い木板がきしきしと軋む。 憤りなのか、それとも悲しみなのか。 吐き出した息は、まとまらない感情につられて、いつになく震えていた。
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