11. あざ笑う木立

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——大切にしたかった。 一緒にいる時間や距離の詰め方、かける言葉のひとつひとつ。繊細な糸のようである梓だからこそ、彼に対することはすべて、丁寧に紡いでいきたかった。 文太は、人に対して今までそんな風に思ったことがなかった。 初めて芽生えた思いを、感情的になるあまり、自ら摘んでしまったのだ。 考えていると自然と歩行速度も上がり、予定よりも早めにあの群落へとたどり着いた。 ニッコウキスゲはまだ綺麗に咲いていて、その鮮やかな黄色が、霧のなかでも際立っている。 さっそくスマートフォンで写真を撮るものの、気持ちは浮上してこなかった。 こんなことをしたところで結局、下心があるとしか思われないのだろう。 いや、もしかしたらもう、テントに足を運ぶことすら拒否されてしまうかもしれない———— またしてもネガティブな感情に支配されそうになり、マップを取り出した。 地図には「ニッコウキスゲをはじめ、夏の間は様々な花が咲く」としか書かれていないが、ほかにもまだ種類があるはずだ。 群落を抜けて、道脇を散策する。 すると、登山道の脇に、小さな踏み跡があるのを発見した。 道幅は狭く、草が生い茂ってはいるが、けもの道ではない。 木の所々に赤いテープが巻かれているから、作業道かなにかなのかもしれない。 少し散策したら、テープを辿って引き返せば、道迷いすることはまずないだろう。 文太は、木立に体をすべり込ませるようにして、先に進んだ。 珍しい植物が咲いていれば、それを口実に梓に会うことができる。 ここでなにかを見つけなければ、逆に彼にはもう会えないような——そんな願掛けじみた思いが、文太を駆り立てたのだった。
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