5.祈り

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 一方――  立ち込める硝煙(しょうえん)と血の匂いが、鼻腔(びこう)を鋭く刺激する。  じわりと衣を濡らす鮮血に構うことなく、雨京はその場に膝をついたまま見上げた。――雨京に向けて拳銃を構え、荒い息をついている、その青年を。 「なぜ……私を狙う」 「……っ、せ、んせい……、先生……すみません、本当に、すみません……!」  拳銃を持つ手をがたがたと震わせながら。  そこに立っていたのは、片目を布で覆った青年。  ――阿曇(あずみ)(りょう)。  かつて、雨京が命を助けた相手だった。 「謝罪、ではない」  ひたひたと、足元に血が(したた)る音が聞こえた。  額に汗が滲む。激痛を逃がし、平静を保つために息を吐いてから、雨京は言葉を続けた。 「()きたいのは……私を撃った、その理由だけだ」  妙だ、と思っていた。  阿曇諒はかつて、狙撃手として軍に所属していたと聞いている。  この距離ならば、いくら片目を失ったからと言って、急所を狙い撃って雨京を殺すのは難しいことではなかったはずだ。……彼が、本気で雨京に対して殺意を抱いていたのであれば。  なのに今、雨京は生きている。  諒が放った銃弾は大きく外れ、雨京の脇腹を撃つのみにとどまったからだ。 「……っ、俺……は」 「…………」  諒の激しい動揺は、間にわだかまる緊迫した空気を通じて、雨京にも伝わってくるほどだった。 「誰かに、(おど)されたのか」 「…………!」  一つの可能性として尋ねてみれば、諒は目に見えて大きく狼狽(ろうばい)した。  しかし彼は目に涙を(たた)えたまま、なおも拳銃を下ろすことはない。 「……妻子を、殺すと。……そう言われたんです。あなたを……先生を殺さなければ、……俺の、家族は」 「人質に取られたか」  事情は、わかった。  諒にはやむにやまれぬ理由がある。  だから彼は、苦渋(くじゅう)の思いで雨京に襲いかかった。  ……けれど。  足に力を込め、ふらつきながらも雨京は立ち上がった。  脇腹の傷口がさらに開き、耐え(がた)いほどに痛みが強まっていく。傷を押さえる手の指の間から、とめどなく血が(あふ)れ出す。  それでも、黙って屈しようなどとは、微塵(みじん)も考えに及ばなかった。  静かな気迫を(みなぎ)らせ、雨京は諒を見据えて言った。 「悪いが、殺されてやるわけにはいかない。あなたと、同じだ。私にも……生きて、守らなければならない、大切な者がいる」 「……あ……、あぁ……」 「教えてくれ。あなたは、誰に脅されている? 私を消すよう、誰に命じられた?」
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