1.すべてを失って

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「どうして……どうして、きみはそうやっていつも、自分一人で抱え込むんだ! これから行く当てがないんだったら、僕のところに来ればいい。僕はきみを守りたい……きみにもっと、頼ってほしいんだよ!」 「――……」  頑なに心の奥底に封じ込めていた何かが、溢れ出そうになる。  関わってほしくないと思いながら、同時に、和正の言葉に甘えてしまえたらと考えている自分に気がついて、どうしようもないほどに罪悪感が込み上げてくる。 (だめ……これ以上は……)  これ以上、和正の声を聞いていたら、彼に(すが)りたいと考える自分を抑えきれなくなってしまうと思った。  急いで和正に背を向ける。  どこへ行けばいいかもわからないのに、その場を離れようと駆け出す。  ――けれど。 「―――……!」  暗かったのと、前をよく見ていなかったのと。  そのせいで勢いよく人にぶつかって、その場でよろめく。  とっさに何度も頭を下げれば、相手も申し訳なさそうに謝ってきた。 「いえいえ、こちらこそ、よく見ていなくてすみませんでした。ところで、ちょっとお尋ねしたいことがありましてね。私は旦那さまの使いで、このあたりに住んでいる加々見螢さまという方を探しているのです。火事に遭われたと聞いて、急ぎお迎えに向かうよう仰せつかっているのですが」  思いがけず自分の名前が出てきて、螢は今ぶつかったばかりの人物を見上げた。  知らない人だ。間違いなく。  その人物が手に持っていたランタンが、あたりをほのかに明るくする。  ランタンが照らし出したのは、洋装にネクタイを締めた老年の男だ。暗がりでもわかるほどに、身なりも振る舞いも洗練されている。彼がどこかの家に仕えているとするなら、それはどれほど格式の高い家なのだろう。 「螢ちゃんは……その子だけど」  代わりに和正が答えれば、男は少し目を(みは)って、改めて螢を見つめてきた。 「おや……それでは、あなたが加々見少佐のご息女なのですね?」  螢はわけもわからないまま、うなずいた。 (父さまのことを、加々見少佐と呼んだ……それなら、この方は父さまの知り合いなの……?)  すると男は柔和に微笑み、お辞儀をして言った。 「申し遅れました。私は萩元(はぎもと)信次(しんじ)と言いまして、蓮水院(はすみいん)家の家令を務めている者です。本日は蓮水院家当主、雨京(うきょう)さまの(めい)にて、加々見少佐のご息女である螢さまをお迎えにあがりました」
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