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それからまもなく、車は加々見家の墓地の近くにある空き地へとたどり着いた。
うっすらと雪を被った枝木の下、山道を登って、墓地へと向かう。
久しぶりに訪れた墓地は、周囲の木々と同じように薄く雪が降り積もり、晩冬の朝日を浴びて、朝靄に仄白い光を宿して見えた。
加々見家の墓は、山桜の木の袂にある。
墓を守るように頭上に伸びた木の枝には、もうすでにつぼみが見受けられ、木全体が淡く色づいていた。
墓石に積もっていた雪を落とし、桶に汲んだ水でこびりついていた土や泥を洗い流していく。雨京も墓の手入れを手伝ってくれた。
しばらく言葉もなく手入れを続け、最後に持ってきた花を供えた。
朝靄が少しずつ晴れていく中、線香の白い煙がゆっくりと立ち上っていく。
(父さま、母さま、姉さま……。こちらはもうすぐ、春になります)
雨京と並んで墓前に立ち、瞑目して手を合わせながら、螢は呼びかけた。
どうか、死した後に人の魂が向かうという幽冥の国で、家族が皆、安らかでありますように。
そう、長く、長く、祈り続ける。
……祈りを終えると、すでに雨京は墓から離れた場所にいて、螢を待っているのが見えた。
「お待たせしてすみませんでした」
「もういいのか」
「はい」
不思議なほど、心が凪いでいた。
……今にして、思えば。
本当はもっと、螢は父や母に愛されたかったのだと思う。
姉と同じくらいに、愛されたかった。
褒められたかった。
姉のようにならなくても、螢はそのままで、両親に認めてもらいたかった。
そして、かなうことならば、大好きだった姉の死を両親とともに悲しみたかった。
だからずっと、心の底から求めるものが得られなくて、つらくて苦しくて仕方がなかった。
けれど――
(もう、いいの)
たくさん、泣いた。
たくさん、悲しんだ。
だからこそ、もう大丈夫だと思えた。
螢は前に進んでいける。
もうこの世にいない家族を思って、時おり泣くことはあるかもしれないけれど、それでも、過去を受け入れて歩いていける――
「もう、大丈夫です」
「……そうか」
うなずけば、螢の中で何か、大きなものの整理がついたことを、雨京も感じ取ったのかもしれない。彼はうなずき返してくれた。
墓地を離れ、来た道を下っていく。
その途中で、さあ……と音を立てて風が吹き、螢は墓地のある方を振り返った。
山桜の木が風を受けて揺れている。
その姿を、見つめながら。
(……また、来ます)
そう、螢は心の中で呟いた。
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