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――螢が最初に思い出したのは、初めて雨京と出会った日のことだった。
雨京を冷たい人だと思って、彼を恐れた、あの日のこと。
それから幼い頃に立ち返って、婚礼を迎える今日までにあったことを、何もかも……
螢は、ありありと思い出すことができた。
まるで、昨日あったばかりの出来事のように。
窓から吹き込んできた風が、頭に飾った真っ白なベールをなびかせる。
「螢。入るわよ」
呼ばれて振り返れば、控え室に姿を見せたのは正装に身を包んだシャーリィだった。
シャーリィは一度大きく目を瞠ると、それから花開くように優しく微笑む。
「もう準備は大丈夫そうね。――とっても素敵よ、螢」
「そう、でしょうか」
褒められれば何だか胸の底がくすぐったいような気持ちになって、もう何度も見たのに、また鏡に目を移さずにはいられない。
控え室の壁にしつらえられた、精緻な彫刻で縁取りがなされた鏡。
日の光を反射して輝くその鏡には、純白のドレスを身にまとい、床まで届くほどに長いベールを被った螢の姿が映っていた。
隣に近づいてきたシャーリィが、白やピンクの薔薇をリボンでまとめた花束を螢に渡しながら言った。
「そうよ。雨京なんか、きっともっと驚くわ。どんな反応をするのか、今すぐにでも確かめたいくらい。……それにしても、ここ、とても眺めがいいのね」
そう言って、シャーリィは螢の座っていた椅子のすぐそばにあった窓に目を向けた。
ここは帝都から少し離れた高台にある、礼拝堂。
アーチのような形をした白い木枠の窓からは、青く澄み渡った空の下、住み慣れた帝都の街並みが広がっているのを見渡すことができた。
立ち上がり、窓の外を見つめながら、螢は答えた。
「思い出していました。小さかった頃のことや、先生と会ったこと……今まであったことを、全部」
日差しを浴びて、目映く見える風景を、眺めて。
(あのあたりに、先生の診療所がある。向こうは、父さまと母さまと、姉さまと住んでいた屋敷があった場所で、それから……)
そうやって、窓の外に馴染み深い場所を探すうちに、螢はいつしか、今まであったことを最初からたどるように思い出していたのだ。
振り返れば、つらく悲しい記憶はたくさんあった。泣き暮れたことも、苦しみに押しつぶされそうになったことも……
それでも、これまでにあったすべてが今に収束して、未来へとつながっていく。
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