1.すべてを失って

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「昨夜、瀧村さまが言っていた話は本当でしてね。旦那さまは確かに、厳格な方だとよく言われます。ですが旦那さまは、人を救うご自身の仕事に、命をかけて取り組んでいらっしゃる。だからこその厳しさです。冷たいようでいて、あの方は誰よりも情熱を持った方なのです。――ですから、何も心配しなくて大丈夫ですよ」  もしかしたら信次は、螢が雨京と話すのを恐れているのではと考えて、不安を取り除こうとしてくれたのかもしれない。  気遣わせてしまったことを申し訳なく思っているうちに、ついに診療所の中――雨京がいるという診察室に辿り着いてしまう。  こんこん、と扉を叩いて、信次が扉越しに声をかける。 「旦那さま。信次です。螢さまをお連れしました」  ――入れ、と。  短く返事があった。  扉を開けた信次に続いて、緊張しながらも螢は部屋の中に足を踏み入れる。 「その娘と話がしたい。信次、お前は下がっていろ」 「かしこまりました」  それまでずっと付き添ってくれていた信次がいなくなってしまえば、急に不安に見舞われた。  ほのかに薬品や石鹸の香りのする、診察室。  硝子窓から注ぐ初夏の日差しのもとで。  さらさらと机で書き物をしていた白衣の青年が、ゆっくりと顔を上げた。 「―――……」  そんなつもりは、なかった。  何の意味もなく誰かの顔をまじまじと見つめてしまうなど、ぶしつけなこと。  それなのに、螢はその面差しに見入ってしまった。 (この人は――異国の人?)  蓮水院雨京。  彼は、あまりにもこの国の人間とはかけ離れた容姿をしていた。  後ろでゆるく一つに編んでいるらしい長い髪は、限りなく白銀に近い金色。  髪の色ばかりではない。目鼻立ちのはっきりとした端正な顔立ちや、深雪を思わせるほどに白い肌からは、彼が異国の血を引いていることをはっきりと窺わせた。  薄氷のような淡い水色の瞳が、螢を捉えて鋭く細められる。 「お前が、加々見少佐の娘か」  話に聞いていた通りだった。  冷然とした眼差し。  凜と澄んでいるけれど、まったくと言っていいほど、温度の感じられない声。  雨京は加々見家が火事に遭ったと聞いて、予定よりも早く螢を呼んだのだという。  おそらくは、螢が母親を亡くしたことも、すでに知っているはずだ。  にもかかわらず、彼は不幸を(いた)む言葉一つ口にすることなく、無機質な声音で尋ねてくる。
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