2.助けてくれた人

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2.助けてくれた人

 螢より二年早く生まれた姉の(あおい)は、明るく活発な性格をしていた。  頭もよくて、葵の通信箋に並ぶ評価が甲ばかりなのを、菊代も宗介もいつも喜んでいた。  もしも葵が、意地悪な姉だったなら。  そんなふうに、何度考えたことだろう。  せめて葵が、不出来な螢を見下してあざ笑うような、意地悪な姉だったらよかったのに。  ――それなら、できすぎた姉を憎んで嫌っても許される、正当な理由になるのに、と。  でも、違った。 『こら、やめなさい! あんた達、うちの螢に何してるのよ!』 『くそ、見つかった! おいお前ら、早く逃げるぞ!』  地面にうずくまった螢に木の枝をぶつけたり、石を投げたりして遊んでいたいじめっ子達が、蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げていく。 『今度あたしの妹に何かしてみなよ。あんた達のこと、絶対許さないからね!』 『姉……さま……っ』 『もう大丈夫よ、螢。あいつらはもう、行っちゃったから。とても、とても、恐かったわね』  泣きじゃくる螢を抱きしめて、葵は何度も背をさすって慰めてくれた。  葵はいつも、そうだった。  強くて、優しくて。  いつでも螢の味方をして、螢を可愛がってくれる姉だった。  山の端から(まぶ)しい夕陽が差すのを見て、葵は螢の肩をそっと叩きながら立ち上がった。 『帰ろう、螢。血が出てるから、早く消毒しないとね』 『……やだ』 『どうして』 『だって……母さまが、またがっかりするもの。わたしが愚図で、何も言い返さないからだめなんだって』  もともと内気で引っ込み思案なところのあった螢は、よく近所の子ども達にいじめられることがあった。  怪我をして帰ると、菊代はいつも呆れたようにため息をつくのだ。これだからお前は手がかかるんだ、と。  うんざりと眉をしかめる母の顔を思い出した途端、せっかく泣き止んだばかりだったのに、また涙が出てきてしまう。 『螢』  くしゃりと頭を撫でられた。 『あんたは、何もだめなんかじゃないわ。悪いのはあんたじゃなくて、いじめる奴らの方に決まってるでしょう。だから、母さまの言うことなんか、何も気にしなくていいの』  茜色の夕焼けの下を、姉と手をつないで家に帰る。  温かい手だった。  温かくて、頼もしくて…… 『姉さま』 『ん?』 『さっきは、その……ありがとう』  葵は嬉しそうに笑って、螢の手をぎゅっと握ってくれた。  ――大好き。  姉さまのことが、大好きだった。  ……それなのに。  わたしは、どうしてあんなにも、愚かだったのだろう。
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