2.助けてくれた人

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「…………っ……!」  がしゃん、と陶器が砕け散るような音が耳元で響いた気がして、螢は飛び起きた。  まだ真夜中だった。自分の荒い呼吸の音だけが、広々とした部屋の静寂を乱す。  首筋や背が汗で濡れていた。  あたりを見回しても、割れた陶器の欠片など見つかるはずもない。  だってそれは、夢の中で聞いた音だったのだから。  ――姉の死を思い起こさせる、あの日の夢の中で。 『ほら、見て! 螢の好きなシュークリームよ。これ食べて元気出したら、勉強を教えてあげるから』  あの日――  試験で思うような点数が取れなくて落ち込んでいた螢を励まそうと、葵は街中でシュークリームを買ってきてくれていた。  螢は西洋の菓子が昔から好きだった。  葵はそれを知っていて、時々、螢のために自分のお小遣いで買ってきてくれることがあったのだ。  いつも喜んで食べていた、姉が買ってきてくれた菓子。  それなのに、あの日、螢は―― 『……いらない』  大好きな、大好きな、姉さま。  幼い頃はまっすぐに姉を慕っていた心に、次第に黒々とした感情が混ざるようになっていったのは、いつの頃からだったのだろう。  聡明で、強くて、優しい――欠点などない、完璧な姉。  誰もが姉を褒め称えた。  だから螢も、姉のようにならなければならないのだと思った。  けれど、どれだけ努力しても、性格も能力も、螢は姉のようにはなれなくて。  姉のすごさを見せつけられるたびに、自分がどれほど不出来かをまざまざと思い知らされるようで、苦しくなっていった。  姉を、大好きだと。  ……言い切れなくなっていった。 『どうして? せっかく螢のために買ってきたんだよ?』  どうして? そんなのは、わたしの方が聞きたい。そもそもわたしは、買ってきてほしいだなんて頼んでいないのに。  できの悪い妹のために好物を買ってきてあげて、勉強も教えてあげられる、よくできた姉。  葵がそうやって螢を気にかければ気にかけるほど、まわりは葵ばかりを評価して、螢はますますみじめな気持ちになるというのに。  そのことを、どうして葵はわかってくれないのだろう。
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