2.助けてくれた人

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『……いらないっ!』  螢が姉の手をはね除けた瞬間、がしゃん、と激しい音を立てて、シュークリームをのせていた食器が割れた。  ぐちゃぐちゃに潰れてしまったシュークリームが、(たたみ)の上に飛び散る。 『……死んでしまえば、いいのに』  ――大好きな、大好きな、姉さまだった。  だから本当は、葵を(ねた)みたくなんかなかった。憎みたくなんてなかった。  なのにどうしても姉を憎悪し妬んでしまう自分が、(いと)わしくて、呪わしくてならなくて。  ……姉さまさえ、いなければ。  姉さまさえいなければ、わたしはこんなに苦しむことはなかった。  こんな汚い感情を胸の中で持て余さずにすんだ。  ――父さまや母さまに、もっと、もっと、愛してもらえたはずだった。  そう、思ってしまった。 『姉さまなんか……、姉さまなんか、死んでしまえばいいのに!』 『螢! お前はなんてことを言うの!』  頬に激痛が走って、気がつけば螢は後ろ向きに倒れて転がっていた。  騒ぎを聞いて駆けつけた菊代がぶったのだと、だいぶ遅れて気がついた。 『あ……』  ……わたし、は。  今……何を、言ってしまったのだろう。  柱に縛られて、怒り狂った菊代から折檻(せっかん)を受けた。  けれど、(あざ)になるほど身体を叩かれた痛みよりも、胸を襲う、切り裂かれたような痛みの方が耐え難かった。 (わたしは……最低だ)  死んでしまえばいいのは、螢の方だったのに。  ひどいことを言ってしまった。  せっかく買ってきてくれた菓子を、台無しにしてしまった。  許してもらえるかは、わからない。 (謝らなくちゃ……姉さまに)  ……なのに。  もう二度と、螢は姉と話すことができなかった。  翌朝、螢は葵より遅く家を出た。  小学校に着くなり、教師から呼び出しを受けた。 『急いで家に戻れ。連絡があったんだ。お前の姉がさっき、車に()かれたって――』  頭が真っ白になった。  その瞬間、世界から、音も、色も、感覚も、何もかもが消え去っていった。  ――ああ。 (わたしの、せいだ)  わたしが死ねと言ったから。  だから、姉さまは、本当に死んでしまった―― 「……――っ……!」  その瞬間。  けほ、と乾いた咳が、喉を突いて出た。
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