2.助けてくれた人

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「帰国してからというもの、旦那さまは毎日この調子で働いていらっしゃるでしょう。いい加減、助手を雇い入れたらどうなのです? そうすれば少しは休む時間が取れましょうに」 「どのみち、誰も長続きしないから助手はいらない。手間がかかって面倒なだけだ」 「はあ。そうでございましたね。五年前、ここで働きたいとせっかくどなたかが来てくださっても、旦那さまはいつも、自ら追い出しておいででした」 「人聞きの悪いことを言う。追い出したのではなく、奴らが勝手に出て行っただけだが」 「出て行かざるを得ないほど、無慈悲な態度を取られたのでしょう? そのせいで、旦那さまは血も涙もないお人柄なのだと、一部で悪評が立っているほどなのですよ?」 「勝手に言わせておけばいい。くだらない私欲ばかりの連中を相手にしている暇などない」  ――天才医師のもとで技術を学びたい。手助けをしたい。  そう目を輝かせてこの診療所に来る者は後を絶たなかった。  けれど皆、己の私利私欲しか頭にない者ばかりだった。  とある研修医は、定期的に貧民窟に診療に出かける雨京に対して、「あなたほどのお方が、なぜわざわざそんな、汚くて治安の悪いところへ出かけるのです? 診療所でまともな患者だけを相手にしていればいいでしょう」と、大真面目な顔で言い張った。  流行病にかかった患者の家を訪ねようとすれば、病がうつるのが嫌だから絶対に出かけないと駄々をこねた者までいた。  雨京に見初められたいとでも思ったのか、勤務中に色仕掛けのような真似事をしてきた看護師の女には、心底呆れ果てたものだ。  医術に携わっていながら、誰も彼もが、己の損得勘定ばかりを優先する。  あまりにも呆れて苦言を(てい)せば、皆、ひと月もしないうちに雨京の方針に従えずにやめていった。  何度かそうしたことを繰り返して、雨京は今後一切、助手や弟子といった人間は雇い入れないと決めた。  きっとこれからも、そうした人間をそばに置くことはないだろう。  ――そういえば、と信次が急に眉をしかめて話題を変えた。なぜか、雨京を責めるような表情をしている。 「旦那さま。あなたはいったい、螢さまに何を仰ったのです」 「は?」  わけがわからず首を傾げれば、信次の声はかすかに怒気を帯びた。 「旦那さまとお話しされた後、彼女を部屋までお送りしましたが、かなり気落ちしておられたように見えました。ですから、旦那さまが何かきついことでも仰ったのではないかと」 「…………」
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