1.すべてを失って

4/15
前へ
/105ページ
次へ
 せっかくの和正の気持ちを踏みにじってしまったようで、胸が苦しくなる。  もらってからまだ十日も経っていないのに、もう壊れて使い物にならないことを、彼にどう伝えればいいのだろう。 「……もしかして、菊代さんに見つかっちゃった?」  すぐに言い当てられてしまって、螢は慌てて首を横に振る。  けれど、和正は螢の嘘をすぐに見抜いてしまったらしい。  いいんだ、と言って、彼は苦笑した。 「壊されてしまったのなら、仕方がないよ。それに、きみに似合う簪なら、他にもたくさんあるしね。どうにか時間を作って、新しい簪を買いに行こう。今度はきみも一緒にね」  和正は気分を害した様子もなく、螢を咎めるようなこともしなかった。  それどころか、一緒に出かけようとまで言ってくれた。 (……話もろくにできないわたしなんかを気にして、声をかけてくれる。和正さんは、とても優しい人)  初めて顔を合わせた時から、そうだった。  和正と出会ったのは、三か月前。 『加々見少佐は、交戦中に敵の銃弾に当たって――お亡くなりになりました』  彼は、宗介の遺骨を収めた小箱を持ち、憔悴(しょうすい)し切った様子で加々見家を訪ねてきた。和正は外国へ出征している間、宗介が率いる隊に所属していたのだという。  一家の大黒柱を失い、放心する菊代や螢を心配して、彼は葬儀の段取りから何から何まで力添えしてくれた。  宗介の隊にいたというだけなのに、こんなにも親身になってくれた彼には、本当に感謝しかない。 「ねえ、螢ちゃん」  気づけば閑散とした市の外れまで来ていた。  和正は立ち止まると、改まった表情で螢に向き直ってくる。  それから、螢の手をそっと取った。かさついてあかぎれだらけになった手を見て、彼は苦しげに顔を歪める。
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

345人が本棚に入れています
本棚に追加