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《ルイスさんは、どうして今の話をわたしにしてくださったのですか?》
心臓が痛いほどに鼓動を繰り返していた。
自分でも、自分の気持ちがわからなかった。
雨京がここで、誰のために祈りを捧げていたのか。
ルイスの答えは、明快なものだった。
「もしかして、あなたなのかな、と思ったのです」
はっとして顔を上げれば、ルイスは光の注ぐ十字窓を見つめていた。
「雨京さんはあなたのために祈っていたのだろうと、そう思ったのです。あの方は、言っていましたから」
――引き取った頃は、ただ、他の患者と同じように、助けるべき相手だとしか思っていなかった。だが、いつの間にか、近くにいてともに仕事をすることが当たり前になっていた。
――私の一方的な想いだ。だから、想いを返してほしいとは思っていない。ただ、もうこれ以上、苦しんでほしくない。……幸せであってほしい。それが叶うだけで、私は充分なのだと思う。
もう、何も、考えられなかった。
ルイスが去った後も、螢は呆然として座り込んだまま、身動き一つ取ることができない。
(わたしは……やっぱり、最低だ)
こんなにも、強く想われていたのに。
大切に、されていたのに。
それなのに、螢は雨京の手を振り払ってしまった。
――わかっている。そんなふうに、簡単に割り切れることではないのだろう。
そう言って、あの夜、雨京は、
(わたしのせいで……先生に、あんなにつらそうな顔をさせてしまった)
震える呼気が、零れ出る。
己の愚かさに、切り裂かれたように胸が痛くなる。
先生がつらいのが、つらいのです。
いつか、螢が雨京に伝えたこと。
あれは、雨京だって同じだったのだ。
螢がつらければ、雨京だってつらくなる。
螢がいつまでも過去に固執し、自分で自分を苦しめ続けていれば、雨京もずっと苦しいままなのだというのに。
(先生に……会いたい)
ひどい言葉を言ったきり、大好きだった姉には二度と会えなくなってしまった。
父とも、母とも、最後まで和解できず、姉の死をともに悲しむことすらできなかった。
過去を思い返せば、一瞬で身が凍って、自分を呪ってしまいそうになる。今までのように。
……それでも。
螢にかつて、どんな過去があったとしても。
その過去が、どれほどつらく忘れがたいものであったとしても。
だからと言って、雨京を拒絶していい理由になど、なるはずがない。
今、螢のそばにいて、螢を想ってくれている雨京の存在を、ないがしろにし続けていい理由になんてなるわけがなかったのだ。
(会って、伝えたい。本当はわたしも、先生のことがずっと好きだったんだって……先生と出会えて、一緒にいられて、今までで一番幸せだったんだって……ちゃんと伝えたい)
それが、今。
螢が一番、しなければならないことだと思うから。
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