370人が本棚に入れています
本棚に追加
けれどそれは、螢が教会を出てまもなくのことだった。
「ねえ、お姉ちゃんはもしかして、看護師さんなの!?」
路面電車の乗降所への道中、ひどく焦った様子で螢の前に現れたのは、三人の少年少女だった。
十歳前後の子ども達だった。このあたりに住んでいるのだろうか。皆、つぎはぎだらけのぼろの着物をまとっているのが気になった。
「助けてほしいの。母さんが、母さんが……!」
泣きじゃくりながら訴えてくる少女に驚いていると、まわりの二人の少年が立て続けに言った。
「母さんが怪我をしちゃったんだ。血がいっぱい出てて、どうしたらいいのかわからなくて」
「お願い、看護師さん! 母さんを助けて!」
子どもは螢の腕をぐいぐいと引っ張りながら哀願してくる。
一刻を争う事態かもしれない。幸い、このあたりは医学校からはそう遠く離れていない。応急処置をして、医者を呼びに行くくらいならば、螢でもできるかもしれない。
螢はうなずいて、急いで子どもについていった。
……けれど。
入り組んだ細い路地を分け入ってしばらく経った頃、子ども達はいっせいに動きを止めた。
(え……?)
突如、螢を襲ったのは違和感だった。
違和感は次の瞬間、子どものうちの一人が発した言葉で、いよいよ確かなものとなる。
「連れてきたよ。この人でいいんでしょ? 早くお金をちょうだい」
「……ああ、ありがとう。よくやってくれたね、きみ達」
頭から冷や水をかけられたような心地になる。
その声は、あまりにも冷え切っているけれど、聞き覚えのある――
声の主の姿を探そうとした瞬間、どっ、と音がして、後頭部に強い衝撃が走る。
ぐらりと身体が傾いで、立っていられない。
螢を見下ろしてそこに佇んでいた、その人物は、
「きみが悪いんだよ、螢ちゃん。――きみが、あの先生に心を奪われたりするから」
(どう、して……?)
成す術もなくその場に倒れながら。
螢は目を閉ざし、意識を失った。
最初のコメントを投稿しよう!