5.祈り

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「邪魔なお前の母親も消してやったし、あとはうまいことお前をたぶらかして結婚するつもりだったんだ。そうすれば、お前の遺産は僕に転がり込んでくる。……なのにまさか、あの先生に横からかっ(さら)われるとは思いもしなかったよ。何のつもりなんだろうね、あの先生は。おかげで僕の計画は全部台無しだ」  動悸(どうき)が止まらない。息が、苦しい。 (この人は――いったい何を言っているの?)  母親を、消した。  それならばあの火事も、和正が仕組んだものだったというのか。  ――今日は水曜日じゃない? ここに来れば螢ちゃんに会えると思って。  思えば彼は、螢が家にいない日を知っていた。  その日と時間帯を狙って、彼は誰かと共謀(きょうぼう)して加々見家に火をつけ、螢以外に遺産を相続する権利を持つ菊代を殺した……。 (……ひどい)  ふつふつと湧き上がったのは怒りだった。  その感情が螢の顔に表れてしまっていたのか、和正は歪んだ笑みを深める。 「何怒ってるのかな? 僕としてはむしろ、感謝してもらいたいくらいなんだけどね。僕はお前を散々(しいた)げてないがしろにしてきた母親を、わざわざ消し炭にしてやったんだから」  にやりと(わら)って、和正は螢の肩を(つか)んだ。  彼の顔が近づいてくる。  螢の背後にあるのは車の後部扉だ。限界まで和正から距離を取ろうとして後ずさり、扉の取っ手が背骨に食い込んで痛いくらいだった。  もう、螢に逃げ場はない。 (嫌……。放して、放して……!)  のしかかってくる和正の身体を押しのけようとしても無駄だった。彼は軍人だ。螢が力でかなうはずもない。  何一つ抵抗できないまま、ついに彼の吐息が首筋にかかった。 「安心しなよ。僕はお前を悪いようにはしないよ。だってお前――ずっと死にたかったんだろ?」  胸の奥底を、ざらりとした手で()ぜられたような心地がした。 「お前は誰からも必要とされていない。まわりに迷惑をかけることしかできない役立たず。……最初から生まれてこなければよかった、みじめで哀れな存在」  それは、螢が今まで何度も、自分で自分にかけ続けてきた呪いの言葉。  心臓に直接、鋭い刃を突きつけられたかのようだった。  ひゅっと(かす)れて乾いた吐息が、喉の奥で鳴る。 「でもさ、最後の最後に、お前は僕の役に立つんだ。よかったじゃないか。馬鹿で愚かなお前にも、生まれてきた意味があったってことだよ」  車内が激しく上下に揺れた。  雑木林を透かして差し込む血紅(ちくれない)色の夕陽が、痛いくらいに目にしみる。  がたがたと歯の根が合わず、目尻に涙をためる螢をなだめすかすように、和正の指先が頬をなぞってきた。
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