5.祈り

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「今、僕達は港へ向かってるんだ。外の国で、誰にも邪魔されずに結婚するためにね」  そう、愉快そうに、彼は語る。 「僕と結婚したら、お前はもう用済みだ。ああ、そんなに恐がるなよ。死に方は選ばせてやるからさ。どんな方法でも場所でも、お前の望むように殺してあげるよ。だから、ほら――もう、あきらめなよ」 「…………」  今までだったらきっと、螢はもう、とっくに屈していた。  わたしは罪人。  わたしは何をやってもだめな、罰を受けるべき存在だから。  和正のような人間にいいように利用された挙げ句、無惨(むざん)に打ち捨てられるのも、きっと天罰なのだろうから仕方ない、と。  そうやってずっと、己に罰を課し続けてきた。  何もほしがってはいけない。  望んではいけない。  幸せや安らぎのある方へ向かってはならない、と。  でもそれはきっと、罰を受けている方が、心が楽だったからだ。  ――わたしはこんなに苦しいのだから、少しは許されていいはずだ、と。  罰があれば、もう変えることのできない過去に対する罪悪感が(やわ)らいだ。  ほんの一時だけでも、呪縛のような過去から逃れることができた。  だから、罰を求めている方が、螢にとっては、きっと楽なことだったのだ。  だけど。  もう、あきらめるわけには、いかない。 (だって、わたしはまだ、先生に気持ちを伝えてない……。わたしも先生のことがずっと好きだったんだって……まだ、伝えてない)  ――だから。  もう、絶対に逃げないと、決めたのだ。 「……し、て」  喉が熱い。  狂おしいほどに、熱い。  ありったけの力を喉に込めて、螢は叫んだ。 「―――放して!」  和正の目が大きく見開かれる。  おそらく彼は、螢が逆らうことも、まして声を張り上げることも、考えにも及ばなかったに違いない。  肩と首筋を押さえつける腕の力が、束の間ゆるむ。  ――その(すき)を、逃すわけにはいかなかった。  背の後ろに手を回し、扉の取っ手を思い切るひねる。  そのまま背で押せば、扉はいとも容易(たやす)く外側へと開いた。  車体から外へと投げ出された途端、全身を襲う浮遊感。  唖然(あぜん)とする和正の表情が、遠ざかっていく。  そうして、砂利道を疾走する車の中から、赤々とした夕陽に染まった雑木林の中へと、螢は放り出された。
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