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「今、僕達は港へ向かってるんだ。外の国で、誰にも邪魔されずに結婚するためにね」
そう、愉快そうに、彼は語る。
「僕と結婚したら、お前はもう用済みだ。ああ、そんなに恐がるなよ。死に方は選ばせてやるからさ。どんな方法でも場所でも、お前の望むように殺してあげるよ。だから、ほら――もう、あきらめなよ」
「…………」
今までだったらきっと、螢はもう、とっくに屈していた。
わたしは罪人。
わたしは何をやってもだめな、罰を受けるべき存在だから。
和正のような人間にいいように利用された挙げ句、無惨に打ち捨てられるのも、きっと天罰なのだろうから仕方ない、と。
そうやってずっと、己に罰を課し続けてきた。
何もほしがってはいけない。
望んではいけない。
幸せや安らぎのある方へ向かってはならない、と。
でもそれはきっと、罰を受けている方が、心が楽だったからだ。
――わたしはこんなに苦しいのだから、少しは許されていいはずだ、と。
罰があれば、もう変えることのできない過去に対する罪悪感が和らいだ。
ほんの一時だけでも、呪縛のような過去から逃れることができた。
だから、罰を求めている方が、螢にとっては、きっと楽なことだったのだ。
だけど。
もう、あきらめるわけには、いかない。
(だって、わたしはまだ、先生に気持ちを伝えてない……。わたしも先生のことがずっと好きだったんだって……まだ、伝えてない)
――だから。
もう、絶対に逃げないと、決めたのだ。
「……し、て」
喉が熱い。
狂おしいほどに、熱い。
ありったけの力を喉に込めて、螢は叫んだ。
「―――放して!」
和正の目が大きく見開かれる。
おそらく彼は、螢が逆らうことも、まして声を張り上げることも、考えにも及ばなかったに違いない。
肩と首筋を押さえつける腕の力が、束の間ゆるむ。
――その隙を、逃すわけにはいかなかった。
背の後ろに手を回し、扉の取っ手を思い切るひねる。
そのまま背で押せば、扉はいとも容易く外側へと開いた。
車体から外へと投げ出された途端、全身を襲う浮遊感。
唖然とする和正の表情が、遠ざかっていく。
そうして、砂利道を疾走する車の中から、赤々とした夕陽に染まった雑木林の中へと、螢は放り出された。
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