5.祈り

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 西から強烈に差し込む夕陽に、雑木林はどこもかしこも炎に焼かれているかのように見えた。  火の、海。  まるで、加々見家の屋敷が燃えた、あの日のように。 (痛い。……苦、しい)  肩で激しく呼吸を繰り返しながら、螢は木の根や岩が張り出した地面の上を逃げ(まど)っていた。  全身が痛くてたまらなかった。口と鼻には鉄錆(てつさび)にも似た血の味と臭気が満ち満ちている。おそらく、車から飛び降りて全身を打ちつけた時に、口の中も切ったのだろう。  けれど、立ち止まるわけにはいかないのだ。  どれほど痛くとも、苦しくとも、足を(ゆる)めるわけには―― 「―――あ……っ!」  急ぐあまりに、地面の上をのたうつように張っていた木の根に気づかず、顔面から地面に突っ込むように転んでしまう。 (早く……っ、早く……!)  必死に立ち上がろうとするも、背後から伸びてきた手によって、すぐに地に組み伏せられてしまう。 「くそっ……、ふざけるなよ。ごみ(くず)のくせに、手間をかけさせやがって……!」 「やめてっ……! 放して!」 「いい加減黙れよお前。ごちゃごちゃうるさいんだよ!」  ぎりぎりと骨が(きし)むほどに強く、後頭部を地面に押さえつけられる。どれほどもがこうと、和正の腕はびくともしなかった。  (いら)立ちを隠すこともなく、彼はぞんざいな口調で言う。 「ああうるさい。ずっと(しゃべ)らないままでよかったのに、何でいきなり喋れるようになるかなぁお前は。そもそもお前に声なんかいらないんだ。だってそうだろ。誰がわざわざ、お前の言葉なんか聞きたがるんだよ!? お前は黙って僕に従っていれば――」 「……っ、……ま……せん……」  激痛に耐えながら、声を(しぼ)り出す。 「あなたの、言うことは……、絶対に、聞きません……! わたしはっ……、先生のところへ、帰ります!」 「な……! このっ……!」  拳が風を切るような音が聞こえた。  おそらく、和正は螢を気絶させる気だ。  これ以上、螢が反抗しないように。 (嫌だ……!)  絶対に意識を手放すものかと、折れそうなほどに強く歯を食いしばって、せめてもの抵抗を試みる―― 「――螢!」  声が聞こえたのは、その時だった。  それは、螢が今、誰の声よりも一番、聞きたいと思っていた人の――  頭上で和正が舌打ちをする音が聞こえ、ようやく拘束がなくなる。  声の聞こえた方へと顔を向けた途端、雷にでも打たれたような衝撃が螢を襲った。  和正も気づいたのだろう。  はっ、と愉快そうに鼻で笑って、彼は言い放つ。
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