5.祈り

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「雨京先生。前から思っていましたけど、あんたって相当な変わり者ですよね。その様子だと、もう立ってるのもやっとなんじゃないですか? なのに、こんな欠陥だらけの女一人を、死にかけてでも追いかけてくるなんて。……あーあ。あいつの家族は、後で始末しておかなくちゃね」 「残念だが……それは、不可能だ。瀧村少尉、あなたにはここで倒れてもらう」 (先生……!)  鮮烈な夕陽が、和正と対峙(たいじ)する雨京の姿を明々(あかあか)と照らし出していた。  青ざめ切った顔。  衣服を染めるのは、多量の血が流れ出した痕。  それでも、雨京はそこに立っていた。和正を(にら)み据える水色の瞳に、凄絶(せいぜつ)なまでの怒りを(たた)えて――  和正のけたたましい哄笑(こうしょう)が、周囲の木々を揺るがした。 「僕は軍人ですよ、先生。()めるのも大概にしてもらいたいな。あんたが天才なのは知ってる。僕だって、戦場であんたに命を救われたんだからね。だけど、戦う技倆(ぎりょう)のない、医者でしかないあんたが、いったいどうやって僕を打ち負かすって言うんです? しかも手負いで、丸腰のあんたが!」 「……!」  和正が取り出したのは、拳銃だった。  その銃口が雨京の心臓部に向けられるのを目の当たりにして、螢は思わず声にならない悲鳴を上げた。 「おしまいですよ、先生」 (……嫌、やめて――!)  パンッ――、と夕闇を切り裂く破裂音。  けれど、和正の放った銃弾が撃ち抜いたのは、雨京ではなく。  目映(まばゆ)い西日に(さら)されながら、雨京が直前に脱ぎ捨てた外套(がいとう)が宙を舞う。  雨京はそのまま、穴の空いた外套の下をくぐり抜けて和正に詰め寄り、そして―― 「なっ……!?」  二度目の銃声が、あたり一帯に鳴り渡り、残響の尾を引いた。 「……悪いが、私は丸腰ではない」  雨京が取り出し、引き金に手をかけた拳銃――ここに来る前に諒から借り受けていた拳銃は、狙い(あやま)たず和正の脇腹に傷を負わせていた。  和正の手から拳銃が滑り落ちる。  (うめ)き声を上げながら、倒れ伏した和正が言った。 「……初めてだよ。あんたみたいな……頭おかしいくらい、馬鹿みたいにしぶとい奴は」 「奇遇(きぐう)だな。私も初めてだ。あなたのような……戦場で助けずに見殺しにしていればよかったと思ったほど、非道な人間は」  雨京は拳銃を振り上げた。  そのまま銃把(じゅうは)の底を、仰向(あおむ)けに倒れ込んだ和正の胸部に勢いよく叩き込む。  ――それが、戦いの終幕だった。
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