終・未来へ -婚礼の日-

2/8
前へ
/105ページ
次へ
「――……」  (まばた)きをした途端、ほろりと涙の雫が落ちていった。 (夢……?)  そうだ、と思い出した。  今日のために、昨夜は雨京と遅くまで診療所に残り、仕事をしていたのだ。  だから、早めに支度(したく)を終えた後、つい机に突っ伏して眠ってしまっていた。  ……まどろみの中で見ていたのは、ただ、螢がずっと抱き続けてきた願いが、夢となって形作られたものにすぎないのかもしれない。普通ならばそう考えただろう。  ――けれど、今日、これから行こうとしていた場所のことを思えば。 (姉さまは……わたしに、会いに来てくれたの……?)  扉を叩く音が聞こえてきたのは、その時だった。  急いで涙を拭いて、立ち上がる。 「どうぞ」  返事をすれば、姿を見せたのは雨京だった。 「支度はすんだか」 「はい」 「ならば、行くか」  言葉少なにそれだけ確認し、雨京は部屋を出て行く。  螢もまた、後に続いた。  庭で摘んだ、梅の花と紫羅欄花(あらせいとう)。  ――墓前に(そな)えるための花を、胸に抱えて。 「先生」  早朝の帝都。  向かう先は、加々見家の墓地――  車を運転する雨京に、螢は声をかけた。 「今日は本当に、ありがとうございます。先生はまだ退院したばかりなのに、送って頂いてしまって。……あの」 「問題ない。何度も言っているが、すでに傷は(ふさ)がっている。()らない心配はするな」 「…………」  先回りして言葉を返されてしまえば、螢はもう黙り込むしかない。  ――本当に、身体は大丈夫なのか。無理はしていないのか。  次に螢が続けようとした言葉は、完全に雨京に読まれてしまっていた。  それもそのはず。雨京が退院し、診療所での仕事を再開したこの数日、螢は同じことを何度も彼に尋ねてしまっていたのだから。  ……だってどうしても、心配が尽きない。 (先生は、いつも、誰かを助けるためなら限界まで力を尽くしてしまう人だから)  今まで雨京の助手として働いてきた日々の中でも、それは常々感じてきたことだった。  けれど、雨京が全治一か月以上に及ぶ銃創(じゅうそう)を負う元凶となったあの事件は、そんな彼の在りようを、よりくっきりと浮き彫りにしたように思う。  ……雨京と和正が対峙(たいじ)したあの日、あの後。  和正は警官達によって捕らえられ、罪に問われることになった。  加々見家の火災の一件も再捜査されることになり、和正の目論見(もくろみ)白日(はくじつ)のもとに(さら)された。    (おど)されて雨京を撃ったという阿曇(あずみ)(りょう)の家族は助け出され、和正の共謀者は次々と捕らえられた。  今度こそ、螢や雨京を狙う者の存在はなくなったのだという。  無論、和正は免職処分となり、拘置所(こうちしょ)へと送還されることになった。今後、刑罰が決定されることになるというが、放火して財を奪ったばかりか、人を殺しているのだ。一生の間、牢につながれるような、重い刑罰に処されるのは疑いようのないことだった。  そして、雨京は――
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

376人が本棚に入れています
本棚に追加