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ラブソングは誰のもの
「♪そ~し~て~、人は誰しもキミの大きなのどかさに包まれたい~、果てしなく白く大きく柔らかく~、そ~し~て~毎日ボクは一目君に会いたいのさ~♪」
……大きい。のどかさ。白い。=ウドの大木。のろま。白ブタ。
やっぱりバカにされている。相変わらずくどくてデリカシーというものが微塵もない。
「あのねえ!」
目が合った。モヤシ男はずっとこっちを見ながら歌っているので、都子が顔を向ければそうなる。彼の弦をはじく手が止まった。
「はい?」
「歌詞に注文があるんですけど!」
思うままを氷室に言ってやった勢いがあった。都子はずんずん近づいて、物申した。
「ウドの大木とかのろまとか白ブタとか。何だと思ってるの。相手の心をつかみたいならもっと――」
「えっ……」
男が絶句した。
「俺、そんなこと歌ってない……」
あれ、……ちょっと違ったっけ?
「しかもブタじゃないよ」
「ん?」
「でもやっぱり相手の心つかみにくいかなあ、この歌」
んん?
「注文聞く聞く。やっぱり愛の言葉はバリエーションがないとね――君も、好きなんだよね?」
んんん?
何だか話の方向がよくわからない。都子は男を凝視しながら何度か瞬いた。
「だってキミ、毎日来てるよね。たった1分見るために2時間3時間の2キロの列に並びに。……だろ?」
そう。学校帰り、長蛇の列に並び長時間棒立ちに耐えるのは、ただただ会いたいから。一目でも見たいから。
カンカンとランランを。
かわいい。かわいい。かわいい以外の言葉が出てこない。疲れ果てようが足が棒になろうが、都子には最大にして唯一の楽しみだったのだ。
ちょっと待って。
――黒い瞳。目尻の下がり。8時20分。富士山。
――色白でふくよかなお布団のような温かさ。
――白くて大きくてのどか。
「パンダ? い、今までの全部、パンダを歌った歌?」
「そうだよ? パンダに捧げるラブソング」
パンダ――うん、パンダだ。そうだ、全部パンダに当てはまる。
「あたしのことじゃ、なかったんだ……」
「え?」
男が怪訝そうに眉をひそめたのを見て、都子は顔から業火が吹き出した。時速250キロ以上で逃げ出した。
都子のことじゃなかった。なのに自分へのラブソングだと勝手に勘違いして気持ち悪いだの何だの。歌詞がくどいだの下手くそだの。ちょっと浮かれてしまっていた……。
完全に独りよがり。
恥ずかしくって悔しくって涙が出るわ。
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