人生初のラブソング

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人生初のラブソング

そのときの都子は、疲れ果てて、よろけながら歩いていた。目的は一応達したものの足が棒。セーラー服姿なのに、世に言われる、男が吸い寄せられる要素は皆無の、くたびれた様相を呈していた。 駅までの間に通り抜ける、人気の少ない上野公園。埃っぽい靄がかかったような空気の悪さ。おまけに蓮の葉っぱが浮かぶ池? 沼? は、どろんとしたジジ臭さが漂い、近づきたい気がしなかった。顔を伏せ、さっさと通り過ぎようとすれど、ふくらはぎが重くて思うように前に進まない。 ぽろん。 弦をはじいた一拍のきれいな和音。都子が顔を上げると、弾き語り? 髪の長い、ひょろっとした男がギターを携え、声を張り上げ歌い始めた。 「♪きみの~、黒くてカラスの濡れ羽色な深緑~の瞳~その目尻の下がり角度が8時20分の富士山の稜線のような~優しさを湛えて~♪」 目が、合ってしまった。 メロディは悪くない。でもくどい。校正前の修飾しすぎみたいなそのしつこい歌詞は、ピキンとこめかみにくるものがあった。 ――タレ目ってことだよね。そのアホみたいな歌詞の、『目尻の下がり』とか8時20分とか富士山の稜線とか。つまりはタレ目だって言ってるよね。 栄養失調かと思うほどの細身のジーパンの男は、都子をじっと見つめながら、「どう?」と言わんばかりにその歌詞を繰り返した。 赤毛のアンがギルバートを石板でぶっ叩いたのは、こんな気持ちが爆発したせいと思われる。 都子はカッとにらみつけると、ふくらはぎのだるさも忘れ、速足――のつもりで立ち去った。
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