アルマイトくん

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アルマイトくん

よく考えたら……よく考えなくても、人生初めてのことだった。ラブソングを捧げられたのなんて。 「ラブソング……よね」 都子はあっという間に空にしたアルマイトの弁当箱に向かってつぶやいた。 「そりゃそうじゃ。まあ下手くそではあるが、都子の瞳は黒目の割合が大きくて人を警戒させない笑い顔を作っておる。それがチャームポイントだと言い当てている」 「……ありがと」 父親のお下がりのこのアルマイトの弁当箱は、都子の話し相手だ。 ボレー練習で一本会心のを決めた裕美が手を振ってきた。都子は鯖の煮つけを噛みながら左手を振り返した。 似合う。スコートが。足が長い。つやつやの柔らかい髪なびかせて。 そんな裕美やテニス部の子たちは、みんな2時間目と3時間目の間に早弁、昼休みは部活に走る。都子にはその10分の休み時間にパパッと食べ切るなんて早業は無理。お昼はお昼にゆっくり食べたいので、裏庭で彼女らの昼練を見ながら1人で食べる。 実は1年のときは裕美らと同じテニス部だったが、都子は何をしても遅い。走るのも、ストロークの上達も、練習の段取りの飲み込みも。とにかく動きが人よりゆっくりできている。それを男子は「のろま」「ぐず」「太っちょ」などと平気で言ってくるのだ。おまけに……タレ目。 「都子は背も高いし腕っぷしも強いんだから、絶対テニス上手くなるのに」 裕美にはそう言われたけど、辞めた。スコートに憧れて入部したけれど、大柄で骨太な自分には似合わないと気づいたときに。 「浜田の弁当、ドカベン!」 昨日のおかずの残り。煮物や焼き魚の汁で茶色く変色。その上父親用の大容量で飾りっ気もそっけもない、片側が変形しているような弁当箱をも、からかってくる男子がいる――主に後ろの席の氷室だ。幼稚園からの腐れ縁、苗字のせいで出席番号が近く、いつだってすぐそこにいる。こいつに連動して、のろまだの大木だのタレ目だの、他の男子も言ってくる。 アンと違うのは、彼女の劣等感は赤毛だけってこと。都子には数限りなくある。 ああ自分も裕美みたいだったらな。何であんなに――総合的に要するにカワイイ。いやそんなんじゃ言い表せてないあれもこれもが羨ましい。と裕美に言いたいのに、都子の頭には言葉のバリエーションがない。いつもただカワイイ。それしか言えない。 裕美は「それってちっちゃいってこと?」と顔を曇らせるのだ。違うのに。もっと違う風に言えば通じるの? でも言い方がわからない。 都子なら背は高い。でも運動神経ゼロ。だからスポーツに生かせない。モデルの人なら喉から手が出るほど欲しいよ身長、なんて誰かに言われたこともある。が、都子のぷっくり胴長のスタイルで、福笑いみたいな容姿で、そんな慰め、鼻紙の代わりにもならない。
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