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だからどうせ。身の回りに気を使っても、氷室に「こいつブラシなんか持ち歩いてんの、髪なんか梳かしても顔変わんねえし」「え、リップ? それ女がつけるもんじゃん。お前要らんだろ」「見下ろすなよ、猪木かお前」とか何とか言われる。
そんな無駄な努力してんの、と思われるのが恥ずかしい、というか悔しい。都子だって百倍言い返してやりたいのに、頭には悪口のストックもない。バカだのアホだのデベソだのしか出てこない。そんなつまらないことしか言えないのがイヤで、行動に出るしかないのだ。
行動――つまり、制服のプリーツがフレアに近くなってテカテカだろうが見ないことにする。伸ばしっぱなしの髪は無造作に三つ編みするだけでよしとして。ちょっとでも背が低く見えるよう、猫背で歩く。ドアを閉めるのだってバシンとがさつにはじき返す。何もかもを雑にすますようになった。
でも、お弁当は別だ。米の一粒も残さず丁寧に食べる。忙しくてろくに家にいないお父さんからもらったお弁当箱。共働きのお母さんが時間を捻出して作ってくれた手料理。女の子らしくないドカベンだろうが、大切で大事だから話しかけながら食べる。
そうしているうち、お弁当箱は答えてくるようになった。「わしのことはアルマイトくんと呼んでくれ」などと言いながら。
「そりゃ、らぶそんぐじゃぞ、間違いない。日本男子が婦人に宛てて歌うわけじゃからな」
何時代の人かわからないけど、アルマイトくんは自信ありげにそう繰り返した。
でも、あの優男は初対面の人だった。しかも、日陰のモヤシみたいでむさくるしさが漂っていた。本当にラブソングだったとしたら……むしろ気持ち悪い。更にその詞、全然心に響かない。
「『都会で流行りの指輪を送るよ。君に似合うはずだ』なんて歌詞なら、ちょっとドキッとするんだけど」
「うむ、『木綿のハンカチーフ』か。そんな今どきの大流行曲と比べちゃ可哀相じゃな。そいつ素人なんだろうし」
「だって。『黒くてカラスの濡れ羽色な深緑~の瞳』って何よ。黒いもカラスも濡れ羽色も全部同じことじゃん。それで深緑~ってわけわかんない」
「推敲しとらんのじゃな。都子ならどう整理する?」
「う~ん……あたし国語3だから……」
「そんなの、自分なりでいいんじゃって」
「じゃ……『カラスも真っ青な真っ黒け』――とか?」
「それじゃ! そのように直しを入れてやってこい」
「え~っ?」
自分でもひどいと思えるただの思い付きなのに。アルマイトくんのごり押しに負け、都子はまたも上野公園の蓮の池まで出向いたのだった。
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