ねこいらず

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 春の暖かな陽射しが降り注ぐ縁側にて。老人はツルツルの頭部に日光を浴びつつ傾けた湯呑みを口から離すとポツリと呟いた。 「雪解けて、君も消えたる新生活かな……」  お茶の湯気を溜め息で吹き消すと、老人の視界を真っ白な物体が横切った。 「なんだ、猫。どこから入り込んできた。人様の庭に不法侵入しおってからに。通報するぞ」  猫は日光で温まった飛び石の上で脚を止めると、ごろりと身体を翻し身を沈めた。 「ふてぶてしいやつめ。差し詰め、妻に先立たれ独りになってショボくれとる哀れな老人宅を狙い飼ってもらおうという魂胆だろうが生憎だったな。ワシの余生に(おまえ)はいらん。間に合っとるわい」  お茶をグイッと飲み干し、勢いよく縁側に置く。ピクリと猫の耳が動いた。 「ワシはこれから新たな生き甲斐を見つけるべくあらゆることに挑戦することに決めたんじゃ。もう厳格で生真面目なじじいを演じるのはやめだ。正直言うとしんどかった。ぶっちゃけ“えぬえちけぇ”より“てれとお”の方が興味あった。じゃがばあさんは硬派で威厳のあるワシが好きじゃったもんで言い出せなかった。ぶっちゃけなんて言葉すらな」  老人の話に飽きたのか、そのうち猫は頭も沈め瞼も閉じた。 「じゃがな猫、勘違いするなよ。ワシは小綺麗な女優より可憐なアイドルより萌え萌えなアニメキャラよりばあさんを愛しとった。そこは見た目通り一途なんじゃよ、ワシ。だからばあさんも、今となっちゃ絶対に炎上するであろう亭主関白なワシに最後までついてきてくれた。ばあさんには感謝してもしきれん」  途端に老人はうつむき膝を抱えた。前後に揺れるごとに声のボリュームも小さくなっていく。 「……もっと生きとるうちに伝えるべきじゃった。そこは後悔しとるし反省もしておる。でもワシ、基本不器用な堅物キャラじゃし。誕生日とか結婚記念日にさりげなく散歩の途中で摘んできた花を食卓に飾るのが精一杯じゃったし」  すっかり落ち込んだ老人。チラリと顔を上げるといつの間にか開いていた猫の視線に気づいた。 「なんじゃ、その目は。ああそうじゃよ。どうせ普段威張りくさった男がたまに優しさを見せることにより“ぎゃっぷ萌え”を生み女子のハートをキュンキュンさせるあざとじじいじゃよワシは! じゃがな猫、お前には優しさの欠片も見せてやらんぞ!」  威嚇するように中指を立てる老人に対し、猫は相変わらずキョトンとするのみ。 「フン、何かを期待しとるようじゃが無駄じゃ。ワシにはお前の世話をする余裕は無い。むしろワシ自身がいずれ介護を必要とする身体になるじゃろう。諦めて他所へ行け他所へ」  老人の言葉が通じたのか猫はゆっくりと起き上がり、ふらりと去っていった。
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