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(01)白拍子1
まだ根雪の残る日のことだった。
安倍晴明宅をひとりの青年が訪ねた。
「邪魔をするぞ、晴明」
坂東武者もかくやという激しい顔立ちの者が、供も付けずに土御門大路から築地塀の崩れている辺りをひょいと跨ぐと、出迎えの人も待たずに東の対へとすたすた入ってゆく。
「安倍晴明どのはご在宅か。……む?」
見渡すと、ちょうど寝殿へ渡る廊下の闇の向こうから、狩衣姿の屋敷の主人が、すました顔で渡ってきた。
「待ちかねた、と思ったのですが。当てが外れましたね、これは」
「晴明、いたか!」
名を呼ばれた晴明は、まだうら若く、細面な白い顔に切れ長の黒い眸を持っていた。
「あいにく、あなたを待っていたわけではないのです、三位中将どの。ひとり歩きもほどほどになさらないと、いつか取り返しのつかないことになりますよ」
「気をつけよう。それはそうと、誰かを待っているのか?」
「客を、少し」
三位中将と呼ばれた青年は、晴明の小言を柳のように受け流し、尋ねた。
「この夜更けにか。誰がくる?」
「いえ……」
晴明はするりと青年から視線を逸らし、客待ちの件をごまかした。
するとしばらくのちに、細い女の声がした。
「斯うて候。どなたかおはするや?」
「おう、きたな。お主の用事か? 晴明」
三位中将は晴明の視線の先へ、どこか嬉しげにどかどか歩いていった。
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