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「せせせ、先輩!」 「あ。やっぱり玉木さんも好きなんだね」 「はいいい……! 大好きですう……!」  さっき失神しかけた彼女は大きな勘違いをしていた。非合法なクスリの類を僕が強要してきたのだと。この顔のせいで、学生時代に「ヤクザの友達いる?」とか「どこかのチームに所属してる?」とよく訊かれたけど、まさか社会人になってまで誤解されるとは。  ちゃんと事情を説明したら、それはもう嬉しそうに彼女は僕についてきた。そして彼女は吸った。もちろんヤクの類ではない。猫だ。名はハナちゃんという。 「あのう。もう一回吸ってもいいでしょうか」 「ハナちゃんに訊いてみよう。いいかな? あ、いいって」  五年も一緒に暮らしていれば、僕にはハナちゃんの言うことが手に取るようにわかる。  当のハナちゃんはソファに寝転がっている。ちょっとおでぶな三毛猫でお腹の毛は真っ白だ。そこに彼女が「失礼しまーす」と再度顔をうずめた。これがいわゆる『猫吸い』だ。 「ううーん。幸せー……」 「だよねえ」  人間よりもちょっと高い体温。滑らかな毛の感触。えも言われぬ匂い。一つ一つが尊いのにすべてが掛け合わされることで天にも昇る心地を覚える。猫好きを容易に昇天させるこの行為――猫吸いはまさに究極の癒しの一つだ。 「はふう。ありがとうございました」  十分すぎるほどハナちゃんのお腹を堪能し、彼女の頬はすっかり上気している。 「ものすごく癒されました。最高に幸せでした!」  そのハナちゃんだが、彼女が離れた途端、仕事が終わったとばかりにキャットタワーに飛び乗った。そしてさっそく頂上でうつらうつらしている。 「あああ! 香箱座り! 半目からの糸目! 全部が最高!」  ハナちゃんをうっとりと眺める彼女の前に、僕はホットミルクを入れたマグカップを置いた。 「しかし、玉木さんの私物は猫柄のものが多いとは思っていたけど、まさかここまで猫好きだとはね」  苦笑しつつも愛猫家としてはとても嬉しい。 「私も仕事に慣れたら猫ちゃんを飼いたいって思ってるんです」  マグカップを両手で抱える彼女は上機嫌だ。 「社会人として一人前になったら絶対に夢をかなえます!」  ブイサインを作ってみせる彼女はすっかり元気を取り戻している。  天真爛漫で、明るくて。入社二年目の彼女は我が開発部でも非常に人気がある。そして僕も彼女のことが以前から少し気になっていた。……でも今日家に招いたのは純粋な善意によるものだとあらためて公言しておく。
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