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目の前をふらふらと歩く女性が後輩の玉木さんだと知ったときは驚いた。いつもの溌剌とした印象とはまったく違ったから。
ただ、同じ開発部の人間として僕は知っていた。今日の研究発表会のために彼女が連日残業続きだったことを。そして今日、本番で致命的なミスをおかしたことも。
肩を落とし、危なっかしい足取りでオフィスビルを出ていく彼女。これから地下鉄に乗るのだろうか。ちゃんと家に帰れるだろうか。……帰宅後、必要以上に落ち込まないだろうか。
「玉木さん、お疲れ様」
このまま見なかったふりをして通り過ぎるなんてできなくて、勇気を出して声をかける。
「先、輩……?」
おそるおそる振り向いた彼女は、僕だと知るやおびえた顔になった。ちなみに彼女が僕に苦手意識をもっていることは前から察している。でも、目つきが鋭いとか、黙っていると怖いとか、言われ慣れているので傷つきはしない。
「あの……何か御用でしょうか」
「これから暇?」
「……え?」
彼女がぽかんとした顔になった。同じ部とはいえほとんど話したこともない男に急にこんなことを言われたら彼女がどんなふうに思うか――でも僕は意を決して続けた。
「これから僕の家に来ない? いいもの吸わせてあげるから」
「い、いいもの? 吸う?」
「うん。最高の気分になれるよ」
今日まで頑張ってきた彼女を少しでもいたわれたらと思っただけなのに。邪な気持ちなんて一切なかったのに。その瞬間、彼女は半分白目をむいて倒れそうになった。
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