偽物に御用心

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偽物に御用心

「何時間待たせるんだ!」  アレックスが悪態をつく。火星中央宇宙港の税関は混み合っていて、私たち到着客の長い列は、20分前から1メートルも進んでいない。 「エラたちの言ってたとおりね。バカンスの半分を税関で過ごす羽目になるって」  出発前に会ったとき、エラとイーサンは昨年の体験談を面白おかしく聞かせてくれた。観光局のキャンペーンのおかげで、火星のリゾートは人気の旅行先になっている。 「機内でよく眠れてなかったら、暴動が起きてるところだよ」 「せめて私たちが税関通ってからにしてほしいけどね」  アレックスは、通りがかった職員を呼び止めた。 「いつまでかかるんです? これじゃ今日中に宿泊先までたどり着けなくなる」 「密輸入が見つかりましてね」 「密輸入?」 「偽ブランド品です。最近多いんですよ」  出発前にニュースで見た。地球製品は高額で取り引きされるので、ひと儲けしようと偽ブランド品を持ち込む業者が跡をたたないのだという。 「とんだとばっちりだな」  行列を見ながら、アレックスが言った。待っている間、私たちは今晩の計画の話で暇をつぶした。 「誤解です! 待って!」  突然、フロアに叫び声が響きわたった。若い女が制服の職員に付き添われ、どこかに連れていかれようとしている。すぐに銃を抱えた警備兵が来て、有無を言わさずに連行していった。      ◇ 「次の方」  私たちの順番が回ってきたのは、1時間以上待ったころだった。事務的な口調の係員が、目の前にIDスキャナをかざした。  スーツケースが開けられ、念入りに調べている。すると、モニターを見る職員らが画面を指しながら、小声で何やら相談しはじめた。一人が合図をすると、先ほどの警備兵がアレックスに近づいてくる。 「フレスナーさんですね。入国管理の者です。恐れ入りますが、こちらへ」  顔面蒼白のアレックスが、私を振り返った。悪い予感がする。 「待って! 何かの間違いです!」  とっさに彼を引きとめようとしたが、警備兵のほうが早い。あっという間に連れていかれる。 「もう安心ですよ」  不意に背後で声がして、両脇から腕をつかまれた。気がつくと、別の警備兵2人が私をまもるように立っている。 「性質たちの悪い密輸売人でしたね」 「何の話ですか? 夫を返して!」  警備兵は驚いたように私の顔をじっと見た後、手持ちの通信機に向かってこう言った。 「盗難物件を無事確保しました。ただし、偽の記憶を上書きされているようです」
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