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「…ほんと、酷い男ね、あんた」
「小鞠にだけは言われたくねえよ、それ」
「朱雀には負けるわ」
「俺だってお前には敵わねえわ」
暗闇の中で顔を出した朱雀が、むくれて私の唇に噛みついた。構って欲しい子犬のする甘噛みのようなその仕種に胸がきゅっとして、朱雀の指先の温度が恋しくなる。
毛布の中で朱雀の指先を探した。
見つけて指を絡めれば、また境界線が溶けだす。
「…そういうとこが酷い女なんだよ、お前」
期待させんな、と毒づかれる。
だけど、それはどう考えても私の台詞だった。
溶け始めた指先を痛いくらいにきつく握られながら、またキスをされる。幾度となく繰り返し交わされる口付けに唇の境界線までが滲んでしまいそうだった。
朱雀の馬鹿な勝負に乗ったことを、今さらこんなにも後悔しているなんて、本当に私は救いようのない愚か者らしい。
一度恋敗れた相手に、また傷を負わされている。
まるで自傷行為を繰り返すように。
呆れちゃうわね。
◆
「わ!美味しそう!」
紙袋の中身を覗き込んだ琴音が無邪気に喜ぶ。
餌付けのし甲斐のある女だ。
先週実家から持ち帰ったお供え物を琴音に譲る予定だったので、私は朝のうちに朱雀の部屋から自分の部屋に戻っていた。
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