さよならはコーヒーの味

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 紙コップをゴミ袋に入れ、彼女は天を仰いだ。  庭園の木に魂を縛りつけられた彼女は、普通の人間には見えない。ところが、4年に一度、ひとりだけ彼女の姿が見える人がいる。なぜかその人は彼女を“八千桜(やちお)”と呼び、その人が卒業すると、次の入学式で別の新入生が彼女を認知する。  その理由は、彼女自身にもわからない。  彼女を認知する学生は、彼女を友のように慕い、他愛もない話に声を弾ませ、たまに愚痴をこぼし、心を軽くして元の場所へ戻ってゆく。  歳をとらない彼女が時間の流れを自覚するのは、認知してくれる新入生に出会えたときだ。  また4月になると、きっと、新しい学生が彼女を見つけてくれる。  そのときは、またコーヒーを振る舞おう。そろそろ紅茶にも手を出してみようかな。  彼女はいそいそとゴミ袋の口を縛る。  彼女の母体である桜の木は、固いつぼみにエネルギーを蓄えて開花の準備をしているようだった。 【「さよならはコーヒーの味」完】
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