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「・・・おめぇ」 静流はこくりと喉を鳴らした。 「料理、うめぇな」 「でしょ?」 桃が胸を張って応える。二人の間には、山菜のおひたしと天ぷら、川魚の塩焼き、豆腐の味噌汁、炊き立ての白米が並んでいた。全て桃が作ったものである。 「どこで覚えたんだ?」 「『こっちの世界』の知り合いに、文字を書いて飯を食うヤツが居てね。そいつの面倒を見ていたことがあるんだよ。その時に覚えた」 「ふん、男か?」 「あらやだ静流さん、嫉妬?」 「引っ叩かれてえのか」 「ひえっ、勘弁してよ。ちょっとした冗談じゃないか。それに、相手は女だよ」 「生憎、冗談は言わん性質なんでな」 「遊び心が無いねえ。安心してよ。私が心と身体を一つに決めたのは静流さんが初めてだよ」 「茶」 「あ、はい」 桃は静流の湯飲みに茶を注いだ。 「おめぇは食わんのか」 「気分じゃない」 「・・・そうか」 静流が少しだけ、寂しそうな顔をする。それを見た桃は慌てて口を開いた。 「でも、静流さんが食うときは一緒に食おうかな。そっちの方が番いっぽいよね」 「番いじゃねえ。人間の言葉では『夫婦』というんだ」 「夫婦・・・。夫婦ね。人間の食い物ってうまいけど食うと身体が重くなるんだよなあ」 ちょろいヤツだ、と静流は思った。 「山菜と川魚は家に無かったと思うが、お前が持ってきたのか?」 「うん。すぐそこのお山と、そこに流れてる川から。よく火を通せば人間でも食えるんだろ?」 「火・・・。あのな、毒は食えんからな」 「知ってるよ。脆いねえ、人間てのは」 「・・・前から気になっていたんだが、おめぇのいう『こっちの世界』ってのは、人間のいる世界ってことか?」 「そうだよ。『こっちの世界』は『現世』、『あっちの世界』は『常世』と言えばわかりやすいかしら」 「物の怪は好きに行き来できるのか?」 「その気になれば、人間でも行き来できるよ。二つの世界を繋ぐ出入口、『穴』があるんだ。海や山に多いけど、人家の隙間なんかにあったりもして、形も大きさも違うのさ」 「ほう」 「『こっちの世界』は人間が軸になって、個の弱さを補うために群れを成して知恵を使って『法』を作ってるけど、『あっちの世界』では弱肉強食の『無法』の世界なのさ」 「何故、無法者達は人間を喰らわんのだ?」 「人間ほど、数がいないんだよ。個、一つ一つは人間より遥かに強いけど、人間がその気になって滅ぼそうとすれば、数や知恵に押されて呆気なくやられちまうから、暗黙の了解で私達は人間に干渉してはいけないのさ。せいぜいが、自分の縄張りに入ってきた人間を好きに扱うくらい。まあ、食っちまうヤツもいるけどね」 「・・・となると、お前はその暗黙の了解を破ったことになるな」 「私はいいのさ。根無し草だから縄張りもないし、『こっちの世界』で過ごした時間も長いし、なにより・・・」 「なにより?」 「強いからね」 桃は背筋がぞくりとするような残酷な笑い声を、静かに零した。 「おめぇ、年は幾つだ?」 「秘密」 「・・・ハン。こんな爺のどこが良いんだか」 「高い背丈と、鷲のような顔、水の奥底から響くような低い声、かな」 「長く人間の世界に居ただけのことはある。口は達者だな」 「たくさん食べてね、静流さん。今のあんた、『食いで』がないんだもの」 「爺に食わせたいなら、儂の好みの味を覚えるんだな」 「どんな味が好きなの? 教えて」 「ちったあ頭使え」 静流が音を立てずに茶を啜る。桃は静流に何を食べさせようかと頭を捏ねくりまわし始めた。人ならざる者の戯れか、はたまた心底静流に惚れているのか、静流はその二択のどちらを選ぶか迷った挙句、馬鹿馬鹿しいとその選択肢を掻き消した。
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