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その後
「あーあー、退屈だニャ・・・」
昭和の終わり、平成の始まりに山の長になり、山のてっぺんに居を構えた雛がくああと欠伸を掻く。時代が進むにつれて人間と物の怪の隔たりは広まり、その隙間に科学が出来上がっていた。人里に降りて人間にちょっかいを出す物の怪も、好奇心で物の怪を探しに山にやってくる人間も数を減らし、ここ数十年、大きな問題は起きていない。
「長! 長ー! 大変ですー!」
雛の身の回りの世話をしている化け狸が転がるように部屋に入ってきた。
「どうした?」
「それが、山の荒くれ共が『人間を襲おう』と言って、山の物の怪達を集め始めているんです!」
「ニャアン? それって十年くらい前に山に引っ越してきた若い天狗達かい?」
「そうなんですよ! なんでも人間達が時代の呼び名をころころ変えるのが気に食わないとかで・・・」
「あー、元号ね。次の元号はニャンだニャン?」
「『令和』です。ってそんなことはどうでもいいんです! あいつら、なまじ力があるから、断れない者も多いみたいで・・・」
「困ったニャン。あいつら、引っ越してきたときも力に物を言わせて無理やり居ついたんだよなあ」
「そうなんですよ! そうなんですよ! 現状、力で太刀打ちできる物の怪はいません・・・」
「うーん。ご隠居様方に頼んでみるか・・・」
「しかし、長。ご隠居様の中には確かに天狗より強い物の怪も居られますが、見返りに何を要求されるか・・・」
ふわり、と金木犀の香りが漂った。バリバリと音を立てて屋根が剥がされる。
『よう。お困りか? 畜生』
龍の頭、白い虎の右手、大きな犬の左手、熊の足、鶴の羽根に孔雀の尻尾、亀の身体の、鵺。
「桃!?」
「ひいい!?」
ぼろぼろと屋根の残骸が屋敷の中に落ちていく。
「お前、今までどこに・・・?」
『西の方に行って尼になって善行を積んでたんだよ』
「あん!? 尼さんやってたの!?」
『そう。でも、勘の鋭い人に物の怪だと見抜かれて殺されそうになったから、帰ってきたってわけ。酷くない? 別に私は人間を喰ったりしないのにさ』
「・・・あんた、まさか椎名さんが居る天国に行こうとして、」
『それ以上喋ったら殺すぞ』
雛は耳をぺたんと垂らした。
『こっちでまた尼になろうと思ったんだけど、その前に親友に会おうと思って来てみたら、面白い話をしてるじゃねえか。罪無き人間を殺めようとする馬鹿共が居るそうじゃないかい』
「んぅ? お前が片付けてくれるのかニャ?」
『条件に寄るね』
「わかったニャ。『本物』が居る寺に、事情を話してやるニャン」
『おい、狸。馬鹿共はどこに居る?』
「お、長・・・」
「大丈夫。こいつはあたしの親友だニャン。案内しておやり」
「は、はい! 鵺様、こちらです!」
『待て、狸』
「は、はいい!?」
『私には名前があるんだよ。『桃』っていう名前がな』
「は、桃・・・様? お名前を持つ物の怪とは珍しいですね」
『良い名前だろ?』
「はい! とっても!」
龍の頭は、にい、と笑った。
その日の夜。山からはこの世のものとは思えない悲鳴と咆哮が聞こえ、山に住む物の怪達や動物達、麓の町の人間達は心底恐怖した。様々な噂が囁かれ、のちに一つの都市伝説となった。
とある寺には若い女が尼として迎え入れられ、今も修行を続けているという。
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