お茶会

1/1
前へ
/10ページ
次へ

お茶会

がらららら、と玄関の引き戸が開く音がした。桃の全身から殺気が立つ。 「安心しろ、柳だ」 「誰?」 「儂の知り合いだ」 ひょこっと居間に顔を出したのは、髭を蓄え、丸眼鏡をかけた小太りの男だった。 「し、ん、ゆ、う、だ! やあ、お嬢さん。君が桃ちゃんかい?」 「あ、はい。私が桃です。こんにちは」 桃はにっこりと微笑んだが、次いでひょこっと顔を出した雛の顔を見て、思いっきり顔を顰めた。 「ん? もう一人居るのか?」 「あ、静流さん。私の知り合いの雛って子が・・・」 「し、ん、ゆ、う、でーす! こんにちは、おじいさま。遊びに来ましたぁ」 「家の前で会ってな。桃ちゃんの親友だというから、俺が勝手に家にあげたんだ。叱らないでやってくれ」 「儂は構わんよ。桃、お前もいいだろう?」 「はい・・・」 「おじいさま、お名前はなんておっしゃるの?」 「椎名静流だ」 「椎名さん、柳さん、お煎餅はお好き? お土産にお煎餅を持ってきましたの」 猫が猫被ってやがる、と桃は内心うんざりした。 「柳、なにしに来た」 「ちょっと時間ができたんでな。噂の桃ちゃんとやらに会いに来たんだよ」 「噂?」 桃が首を傾げる。 「ははは、こいつ、口を開けば桃ちゃんの話をしているんだよ」 「してねえ!」 「あらぁ、相思相愛なのね。桃もあたしに会うたび椎名さんの話をしていますよ」 「してない!」 柳が快活に笑い、雛はにやりと笑った。桃が茶を淹れ、雛の持ってきた煎餅をちゃぶ台に広げる。 「桃ちゃん、お仕事はなにをしているんだい?」 「専業主婦だ」 静流が答える。 「お前に聞いとらんだろ!」 「柳さんはお医者様なんですかぁ? 消毒液のにおいがします」 「お、雛ちゃん、よくわかったね」 「やっぱり! 椎名さんは?」 「作曲家だよ」 「え! すごぉーい!」 雛がころころと笑う。 「雛ちゃんはなんの仕事をしているんだい?」 「オフィス・レディ、OLってやつでーす。今日は午前であがっていいといわれたので、仕事帰りに寄ったんです」 「ほお、私の周りにスーツを着ている女性はいないから、なんだか新鮮だよ。お、うまいね、このお煎餅」 「甘いのもしょっぱいのもありますよぉ。皆さん遠慮せず食べてくださいね」 柳と雛は意気投合している。 「それで、二人はいつ籍を入れるんだい?」 突然、柳がそう言ったので、静流は飲んでいた茶を喉に詰まらせ盛大に咽た。桃が慌てて背中を擦る。 「入れねえよ、馬鹿」 「しかし、お前と桃ちゃんは夫婦なんだろう? 籍を入れておかないと遺産の相続が面倒にならないか?」 静流は柳の企みが読めた。桃が遺産目当ての女じゃないか探りに来たのだ。 「そういう話は弁護士に済ませてある」 「しかしだな・・・」 「財産は家も土地も金に換えて盲学校に寄付する。それでいいだろ」 「なんだよ。桃ちゃんには一銭も残さないのか?」 「桃、何か欲しいか?」 「え? えっと・・・」 桃は頬を少し赤らめる。 「服が欲しいです」 「他は?」 「うーん、食器と、あと、なにがあるだろう・・・」 「判断基準はなんなんだい?」 柳が聞く。 「日常で使っている物がいいです。すぐそこに静流さんを感じられるようなものが・・・」 そう言って、桃は顔を真っ赤にし、両手で顔を覆って俯いた。 「死んだときの話なんてしないでください。悲しいです・・・」 くすん、くすんと泣き始める。柳も雛も、静流も吃驚した。柳が慌てて謝る。 「ごめんよ! 桃ちゃん! そうだよな、こいつは君の旦那様だものな・・・」 「えー、桃、そんなに椎名さんのことが好きなのぉ?」 「うっさい。馬鹿」 柳は、これは本気かもしれない、と思った。疑いながらも信じてみたくなる柳の性である。 「桃が泣くところ、初めて見たぁ。いいもの見れちゃった! さて、あたしはそろそろ帰りますね」 「俺も帰るよ。ごめんね、桃ちゃん」 「いえ。また来てください」 「柳はもう来るな」 「悪かったって! それじゃ」 「さよーならー」 柳と雛が帰っていく。がらららら、と玄関の戸が閉まる音が聞こえてから、静流は桃を抱きしめた。 「泣くヤツがあるか」 「ごめんなさい・・・」 「雛とやらも物の怪か?」 「猫又です」 「そうか」 静流は苦笑し、呟く。 「・・・長生きしねえとな」 次の診察の後に柳を引っ叩くことを決めて、静流は桃の髪を撫でた。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加