季節

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季節

桃は秋に、金木犀の香りを纏って現れた。 冬、雪が降る。 「静流さん。雪が降っているよ。冷えるからもう一枚着ようね」 春、桜が舞う。 「静流さん。桜が舞っているよ。一面、桃色の絨毯だ」 そして、夏。 「静流さん。入道雲が浮かんでいるよ。今日も空は青いね」 静流は笑う。 「どうしたの?」 「お前と居ると、目明きだった頃に見た景色を思い出すようになってな」 「なんだそりゃ」 「雪だの、桜だの、雲だの、音のないものの存在を、お前が教えてくれる。毎日が楽しくて仕方がないよ」 「そりゃよかった。良い嫁を貰ったね?」 「まったくだ。儂には勿体ないよ」 「ふふっ、偏屈な爺だったのに、随分、素直じゃないか」 「小生意気なガキも、可愛い女になったじゃねえか」 「・・・馬鹿」 「しかし、こう暑いと、夜が大変だな」 「確かに、寝苦しいね」 「そっちじゃねえよ」 「え?」 少ししてから意味を理解した桃が、顔を真っ赤にする。 「馬鹿! ほんと馬鹿!」 「嫌ならやめるが?」 「・・・変態、助平、鬼畜、外道!」 静流が爆笑した。 「物の怪のお前に言われるとはな。・・・ふう。少し休むか」 「大丈夫? 最近、体力落ちたんじゃない?」 「・・・かもしれんな」 桃はそっと、静流に抱き着いた。 「長生きしてよ。天国に行かれちまったら、永遠にさよならなんだから」 「お前は地獄に行くのか」 「・・・私は地獄に行くよ。物の怪の中でも、性質の悪い方だからね」 「なら、安心しろ。儂は天国には行けんよ」 静流が桃を抱きしめ返す。 「・・・あんたは天国に行くんだよ。地獄になんか堕ちてみやがれ。鬼の骨で城を作って閻魔の頭をてっぺんに飾ってやるぜ」 「お前ならやりかねないな・・・」 「阿鼻叫喚の地獄絵図だ。あんたのせいだよ?」 桃は静流の喉に軽く噛みつき、舌を這わせた。 「もう少し肉をつけてもらわないとね」 「丸ごと食うのか?」 「うん。生で」 「はは、諦めて出汁でも取ったらどうだ」 「あんたが入る鍋を探すのが面倒だよ」 静流が桃の肩を抱く。桃は少しだけ身を震わせた。 「ん?」 「・・・誰かさんの咬み傷が痛いんだよ」 「そいつは可哀想に」 静流は人差し指で桃の顎をくいとあげ、がぶり、と血が出るほど強く喉に噛みつく。 「物の怪の血には滋養強壮の効果でもあるのかね」 「イカレてやがる・・・」 龍の頭を持つ桃の喉に喰らいつけるものなんて、静流しかいないだろう。 「どう思う?」 桃の手を握り、自分の股座を触らせる。硬い感触に、桃は耳まで真っ赤になる。 「静流さん・・・」 耳を軽く噛まれ、じんわりと快楽が広がる。 「暑いよ・・・」 「夏だからな」 庭の桜の木に油蝉がとまっている。家の外からも蝉の大合唱が聞こえてくる。縁側に桃の髪が広がる。 「溶ける・・・」 桃の甘い声が、蝉時雨に混ざった。
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