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「いやー、しかし、北の方様も、ご懐妊とはなぁ。あながち、猫騒動も、馬鹿にできないもんだねぇ。あっ、そうそう。これを、北の方様に。干し雉の肉。精がつくよ」
「あっ、これ、干し鮑。猫が、迷惑かけちまったからねぇ。粥に煮込んで食べるといい」
「はい。椿餅。意外と菓子が食べ安すかったりするのさ。とにかく、食べない事には、体が持たないからなぁ」
沙奈へ向けて、数々の品が差し出される。
「オホホホ。皆の者、その様に気を遣わなくても良いのですよ」
袖で口元を隠し、女房ぶる沙奈を見て、一同は、さっと品を下げた。
「沙奈ちゃん、誰かお屋敷の人を呼んどいで!」
「おや、沙奈がすべて……」
言いかける童子に、一同は、ダメだとばかりに首を降る。
「だから、沙奈が、すべて取り仕切るんじゃなくて、食べちまうんだろ?」
「えっ!その様なことは!椿餅は、欲しいですけど……あっ!」
と、沙奈は、思わず口を滑らせた。
やっぱりと、出入り商人達は顔を見合わせると、すぐに、声の主へ、頭を下げた。
「いやいや、頭を下げるなら、もう少し、うちへ納める商品の値を下げてもらえねぇかなぁ」
手入れの行き届いた馬に乗る、公達がくだけた口調で言い放つ。
商人達は、別段驚く事もなく、
「ああ、沙奈ちゃん、斉時様のお出ましだ。家令さんを早くお呼び」
と、そっけなく公達の言葉をあしらうと、すみませんがこちらを、と、差し入れを手渡して、立ち去って行った。
「いやはや、皆、つれないねぇ」
それもそのはず。斉時と呼ばれたこの男、口の軽さは天下一。屋敷の主、守近が、都で一二を争うモテ男ならば、この御仁、都で一二を争うお調子者、なのである。
沙奈から知らせを受けた家令が、出てきたが、迷惑そうな顔をして斉時を出迎えた。
とはいえ、ここは、裏口。本来ならば、正門へ誘うはずなのだが……。
「斉時様、申し訳有りませんが、本日、主は、物忌に即しております」
「ああ、しっかり、門も閉まっていたなぁ。几帳面に物忌の札まで貼ってある。さすが、守近、いや、お前さんか……」
わはははと、斉時は豪快に笑った。
「そうゆう事情ですので、今日のところはおひきとりを」
「あー、それが、家令よ、どうしたことか、この斉時も天一神に出会ってしまって、方違えをしなければならんのだ。ところが、なんと!守近が屋敷のこの裏口が、最適な方角だと言うではないか!」
「ならば、この裏口で、一晩明かされますように。天一神も、恐れを成しますでしょう」
天一神とは、方角神の事で、天と地との間を往復し、四方を規則的に巡るとされている。そして、その天一神のいる方角に踏みいると、祟りがあると考えられていた。
その神が、斉時の向かうとする方角にいるらしい。
「いや、ちょ、ちょっと待った。土産はあるぞ!そう、物忌だったな。ほれ、干し雉、干し鮑、椿餅。火を使わなくとも大丈夫な物ばかりだ!」
斉時は、得意げに、預かった品々を家令に渡すと、馬を頼むと言い捨てて、屋敷の中へ踏込んで行った。
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