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「ではでは、守近と徳子様の、今後の繁栄を祈って」
斉時は、ぐびりと、杯を開けた。
何故だか、守近と徳子は、自宅でありながら、斉時主宰の夕餉とやらに招待されている。
ただの、言葉のあやなのだろうが、守近は、どうも調子がでない。それは、徳子も同じなのか、呆けたような顔付きで、斉時の事を見ていた。
いや、これは呆れているに違いない。徳子にも、斉時という男の事が、ようよう分かってきたのだろう。
そうして、三人の周りを囲むように、徳子付きの女房達が陣取っている。
そもそも、夫同席とはいえ、女の房で、夕餉を摂るとは、なんたることか。しかも、物忌の最中にもかかわらずである。
徳子の身に何かあってはいけないと、女房達は、見張り役として、詰めていた。
そんな皆の思惑など何のその。
斉時は、一人ご機嫌で、前に並べられている、酒と料理に、舌鼓を打っていた。
斉時は、物忌に当たっていない。食事や、行動に禁忌は無いのである。
一方の守近達は、物忌中。水で戻した乾飯に、青菜の塩漬け、と、調理に火を使わない品を食くしている。
「斉時よ、お前の行き先は、天一神の、遊行に当たるそうじゃないか」
一人、豪遊するかの斉時に、たまりかねた守近が、問いただす。
「あー、家令の爺さんか」
忌々しそうに言いながら、斉時は杯を再び開けた。
「では、斉時様、方違えをなされませんと……」
「徳子姫、その、方違えの為に、我が屋敷にこの男は、来ておるのですよ」
「守近様?当家は、物忌中ですよ?それを、方違えとは……」
目的地の方角に、方位神がいる場合、別の方角で一夜を明かし、翌日、そこから目的地へ向かい、祟りを避ける事を方違えと言う。
吉となる方角にある、他家に一泊するのが慣わしなのだが、斉時は、凶、が出ている守近の屋敷に泊まるつもりでいるらしく、方違えを理解しているのか、そもそも、本当に方違えに来ているのか疑わしい。
「そうそう。なんと!守近が屋敷の裏口が、天一神を避ける最適な方角だと言われましてな。裏口とは、おかしな話よと思いつつも、立ち寄ってみると、正門には、物忌の札が貼ってある。成る程、それで、裏口かと。そういう訳なのです」
と、斉時は、ペラペラともっともらしい事を述べてくれる。
「まあ!当家の裏口が吉と!ならば、裏口で一晩明かされるのがよろしいのでは?」
徳子の何気ない言葉に、守近と女房達は、含み笑った。
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