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過去13
「いつもはちゃんといるんだよ。あっ、そうだ! 寝てるんだ。寝るの大好きだから」
だが男の視線は必死になりながら説明する私を通り過ぎ洞窟へと真っすぐ向けられていた。今までよりどこか鋭い気もする目つきと疑う様子のない表情で。
「大丈夫。ちゃんといるみたいだよ」
男が表情と同じ雰囲気の声でそう言うと私はもう一度洞窟を見た。
すると丁度その時、暗闇の中から真口様が姿を現した。水面から顔を出すようにゆっくりと光を浴びながら白銀の毛に覆われた体が露わになっていく。真口様が出てくると私は、色々なものから一気に解放された気分になり胸を撫で下ろした。
そして笑顔のまま駆け寄るとその脚に抱き着いた。ふわりとした毛並みの肌触りと心地好い温もり、優しい匂い。全てがいつもと変わらなかったが何故かいつもより少しだけ疲れているように感じた。根拠ないただの直感だが。
そして男の方を振り返ると(恐らくそうなっていたはず)どうだと言うような表情を浮かべ、その顔に見合った声で一言。
「ほら! ちゃんといたでしょ」
腰に手を当てたその姿は人によっては癪に障るものだったかもしれない。でも男の双眸はそんな私ではなく真口様へ向けられていた。
「何だお前は?」
男より先に口を開いたのは真口様だった。それは私に対しての口調より(もっと言うならば最初の時よりも)低く真剣味を帯びた声。もしかしたら見知らぬ男に対して警戒しているのかもしれない。そう思うような声だった。
それに対して男の声は私と話すように穏やかなものだった。
「初めまして寿々木と申します。まさか実際の神様とお会い出来るとは! 光栄です」
言葉の後、寿々木さんは英国紳士のようなお辞儀をひとつ。声が消えどこか不穏な静寂の中ゆっくりと顔が上がっても尚、その空気は場に留まり続けた。その間も私の頭上で交わり続ける二つの視線。
「随分とお疲れのようですが大丈夫ですか?」
「お前には関係のないことだ」
すると真口様はその言葉だけを残して踵を返すと洞窟の奥へ戻ってしまった。その後姿が消えていくのを眺めた後、寿々木さんの方を見遣ると丁度目が合った。
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