過去16

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過去16

 それからどれ程だろうか。一人は初めてとなる森を、私は何の当てもなく歩き続けていた。  だが歩けど歩けど変わらぬ景色。最初のうちはよかったけど段々とその景色にも飽きがくるとそれが引き金となったのか、歩くのに疲れを感じ始めた。正直まだ歩くことは出来たのだけど、どこにどれだけ歩けばいいのかも分からないという状況は体よりも心により一層疲労感を与えた。  そしてついに私の足は目の前の小さな傷のある木で止まった。それから座ってくれと言わんばかりの根へ腰を下ろす。ふぅー、と息を吐き水筒から水分補給。喉は潤い、体内で冷たさがじわぁーっと広がった。  遭難したと言っても過言じゃない少女が一人森の中。そんな言葉だけ聞けばもはや事件だという状況下に陥っていた私だったが、相変わらず呆れる程に落ち着き、いつでも抜けられるというような安心感にさえ包み込まれていた。  むしろ視界外の左手から聞こえた枝の折れる音の方が不安を煽ったぐらいだ。  素早く反応し音の方を見遣る私。姿は見えなかったが、もしかしたら木の陰に動物がいるのかもしれない。そう思いながら少しの間、その方向を凝然として見つめていた。  すると案の定、木から音を立てたであろう犯人が姿を現した。  だがそれは動物は動物でも予想していた鹿か何かじゃなくて私と同じ人間。あのサングラスの二人組だった。辺りを頻りに見回しながら出て来た二人が表していたのは焦燥感。  だがそんな二人の顔が私を見つけるとその表情は一変した。 「やぁ。お嬢ちゃん」  笑みを浮かべているからかどこか安堵したようにも見える表情で太った男は軽く手を挙げて見せた。  そしてもう一度だけ辺りを軽く見回すと視線は再度私の元へ。 「あの男はいないみたいだな。風邪でも引いて倒れちゃってるのかな?」  安堵のようにも見えた笑みが(実際変えたかどうかは定かではないが)嘲笑っているようなものへ変わると同時に男はそんな言葉を口にした。  あの男とは恐らく真口様のことだろう。現状の私からすれば寿々木さんだったが彼らと会った時に一緒に居たのは真口様だったからこっちが正しいはず。
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