過去20

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過去20

「近頃、変なのがこの森を彷徨いている」 「オレも見たぜ。鹿を狩ってた。妙な物でな」 「だが、我々を見ても攻撃はしてこなかった」 「害がないのなら放っておいても問題ないだろう」  島の森という同じ狩場で獲物を狩る人間と狼。だが彼らは暗黙のルールを守るかのように互いに手出しはしなかった。森で出くわしても沈黙しその場を立ち去る。まるで互いに互いが見えていないかのように。  しかし小さな島の生き物を二つの勢力が狩ればその数が徐々に減っていくのは自然の摂理。元々多かった訳ではない鹿や猪は段々とその数を減らし始めていた。とは言っても当時はまだ橋は無く、当然ながら船を作り漕ぐ事の出来ない狼たちはこの島から出る事は出来ず選択の余地は無かった。しかしながら減少傾向にあるとはいえまだ島の環境は維持状態にあり、彼らの生存が脅かされる程ではないのも事実。  だが時が経ったとある日に起きた一つの事件が、真口様を人生の岐路に立たせた。  その日、いつものように仲間と狩りに出ていた真口様は獲物を探し森を歩いていた。すると突然、何の前触れもなく真口様の隣を歩いていた仲間の首に矢が突き刺さった。声を上げる余裕もなくその場に倒れた仲間に真口様を含め他の狼達はまずその見えない危険から身を守る為、同時に走り出し距離を取る。そして少し離れた場所から地面に横たわる仲間の方へ目をやった。まだ息はあるが呼吸するので精一杯な様子の仲間。  そんな彼の傍へ駆け足でやってきたのは一人の若い人間だった。人間は駆け寄るや否や興奮気味の笑みを浮かべながら両膝を突いて近くに弓を置き、物でも掘り起こしたような手つきで仲間の狼を軽く持ち上げた。 「やった……。これで、俺も」 「おい! やったか?」  その声と共に少し遅れてやってきたのはもう一人の同年代ぐらいの人間。 「あぁ。これを見ろ! これで俺も認められる」 「やったな! 早速帰ろう」  もう助からない自分の仲間とその前で歓喜に浸る二人の人間。その光景を目にしながら真口様は自分の中で強く脈打つ鼓動を感じていた。  そしてそれに動かされるように足を一歩前へ踏み出す。
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