過去21

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過去21

「もう助からん」  だけど仲間の一人の声に真口様の足はその一歩で止まった。でも視線は依然と前を向いたまま。先程よりも小さく燃える命の灯と手元の仲間を見下ろす散瞳した双眸。その二つを交互に行き交う真口様の視線。  すると次第に鼓動と呼吸が感覚を支配し始め、この場を去ろうと提案する仲間の声は遠く自分とは関係のないものに聞こえてきた。視線の先に存在する光景だけがこの世界の全てであるかのように、それ以外の周囲がぼやける。更に呼吸と鼓動が大きく聞こえる。  そして気が付けば止まっていたはずの足が動き始め、彼は走り出していた。視線は変わらず足は前へ。あっという間に仲間の元まで戻った真口様は先鋭な牙を剥き出しにし獲物を狩るが如く(仲間の狼の前で膝立ちになっている)人間に襲い掛かった。  人間は真口様の存在に気が付くと自分が仕留めた狼から顔を向け咄嗟に両手で防御の姿勢をとろうとするが、それより先に真口様の牙が喉元に突き立てられた。皮膚を突き破り肉を貫いた牙との隙間から溢れ出す鮮血。  そのまま人間を呼吸の止まる仲間の隣に押し倒すと真口様は抵抗がなくなるまで顎に力を入れ続けた。 「ひっ、ひぃぃぃ!」  そして眼前で起きたその光景にもう一人の人間は恐れおののき尻餅をついていたが、すぐに狼狽えながらもその場から逃げ去った。そんな人間と入れ替わるように残りの仲間が真口様の元へ。彼らがもう息を引き取った仲間を囲う頃には人間の抵抗はなくなり喉元から牙が引き抜かれる。
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