◆3 実可:マンション

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この日を、覚えている。1年半ほど前だ。 実可の手が、過去の自分と同じように震え始めた。 「ここで化けの皮を1枚被ったんですね」 急に話しかけられ、飛び上がりそうになる。 いつのまにか、姿を消していたのっぺらぼうが隣に立っていた。 口がない筈なのに、なぜか声は聞こえてくる。 「え……?」 「ここで、なにかを偽るための、隠すための皮を被ったんですよね。買取を希望しますか?」 「か……買取?」 どういうことかわからなかったが、”皮”と言われたものが、なにを示すのかは、わかる気がした。 「あたし……あたし……。見なかったふりをした」 「ほお」 「”知らないままのあたし”になる、化けの皮を被った……。別れたくなかったから」 「なるほど。ではどうしますか」 「買取を……、買取を頼んだら、どうなるんですか」 「皮を取り除きますからね。被らなかった場合の姿を見ることができます。もっとも、そのことで現実の今の状況が変わることはありませんが」 「そう、なの……?」 「これはタイムマシンで時間を遡っているわけではないので。なんというか、心理的なパラレルワールドとでもいいますか」 「パラレルワールド?」 「あなたの心のなかにだけ存在している並行世界、ですかね。だから、皮を取った結果が影響するとしたら、あなたの心にだけです」 「そう……」 つまりは、もし悪いことが起こっても、実害はほぼないと考えていいということだろうか。 それでも正直、躊躇する気持ちはあった。 でも、ここで思い切らなければなにをしに来たのだ、と改めて覚悟を決めた。 「じゃあ、お願いします」 「はいはい。申し受けました」 のっぺらぼうは言い、ふところから古臭い帳面とペンを取り出した。
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