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この日を、覚えている。1年半ほど前だ。
実可の手が、過去の自分と同じように震え始めた。
「ここで化けの皮を1枚被ったんですね」
急に話しかけられ、飛び上がりそうになる。
いつのまにか、姿を消していたのっぺらぼうが隣に立っていた。
口がない筈なのに、なぜか声は聞こえてくる。
「え……?」
「ここで、なにかを偽るための、隠すための皮を被ったんですよね。買取を希望しますか?」
「か……買取?」
どういうことかわからなかったが、”皮”と言われたものが、なにを示すのかは、わかる気がした。
「あたし……あたし……。見なかったふりをした」
「ほお」
「”知らないままのあたし”になる、化けの皮を被った……。別れたくなかったから」
「なるほど。ではどうしますか」
「買取を……、買取を頼んだら、どうなるんですか」
「皮を取り除きますからね。被らなかった場合の姿を見ることができます。もっとも、そのことで現実の今の状況が変わることはありませんが」
「そう、なの……?」
「これはタイムマシンで時間を遡っているわけではないので。なんというか、心理的なパラレルワールドとでもいいますか」
「パラレルワールド?」
「あなたの心のなかにだけ存在している並行世界、ですかね。だから、皮を取った結果が影響するとしたら、あなたの心にだけです」
「そう……」
つまりは、もし悪いことが起こっても、実害はほぼないと考えていいということだろうか。
それでも正直、躊躇する気持ちはあった。
でも、ここで思い切らなければなにをしに来たのだ、と改めて覚悟を決めた。
「じゃあ、お願いします」
「はいはい。申し受けました」
のっぺらぼうは言い、ふところから古臭い帳面とペンを取り出した。
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