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なにやら書き込んだあとそれを剥がすと、複写式になっていたらしく2枚の紙になっていた。
1枚を実可に渡し、もう1枚は帳面の最後のページに挟み込む。
「それがお客様の控えになります。清算は戻ってから斐綾がやります」
紙には、『化けの皮1枚 知らないふりの若い女性』とある。
そしてその文字を読んでいる隙に、気がつけば1枚の薄いヴェールのようなものが、のっぺらぼうの腕に掛かっていた。全身を覆えるような大きなサイズ。
これが、実可の被っていた”化けの皮”か。
こうして見ると、ひどく脆くて頼りないものに思えた。
「じゃあ、どうなるか見てみますか」
のっぺらぼうがそう言って、前方を指さす。
そこには、さっきと同じように、名刺を手にした実可の姿があった。
手が震えていたが、さっきとは違う震え方のように見える。
「おーい、実可ぁー」
バスルームから、同じように吉池の声がする。しかし実可の行動は同じではなかった。
名刺を持ち、ずかずか、とマンガの書き文字が見えるような歩き方でバスルームへ向かう。
震えていたのは怒りからのようだった。ほどなく、実可の怒鳴り声が聞こえてくる。
「なによこれ、どうなってんのよ!あんた結婚すんの!?」
それに対する吉池のもごもごと返す声。
そのあとは、がちゃーん、ばたーんと、物を投げつけるような音が聞こえる。
いわゆる、修羅場。
これを実可はずっと怖れてきた筈だった。
これが怖くて、言葉を飲み込み、笑顔を浮かべ、知らないふりを必死で続けた筈だった。
なのに、今。
それを見ているのは、なぜか爽快だった。
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