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「さあ、次に行きますよ」
のっぺらぼうがそう言う。
実可はもっと見ていたかった。
しかし腕を掴まれかなり強引に引っ張られたので、歩き出すしかない。
自分でない自分。あるいは、そうであったかもしれない自分。
それを見るのが、こんなに惹きつけられるものだとは知らなかった。
また黒い霧が身体の周りにたちこめ、視界が閉ざされる。
手を引かれる感触だけを頼りに進むうち、誰かがひそひそと囁き合っている声が聞こえて来た。
「……るせさんでしょ」
「ああ、わかるわかる」
聞き覚えがある。
と思うと、霧が消えた。
今見えているのは、勤め先の休憩スペースだった。
男女の2人組が、コーヒーの入ったマグカップ片手に、ほくそ笑みながら話している。人の噂をあることないこと、会社全体に拡散させると評判の2人組だ。
しかも当の本人たちはそれが善意と疑わないので、なかなか始末に負えなかった。
「弦瀬さんみたいな地味な女でも、彼氏ってできるんだ」
「それがけっこうイケメンらしいよ」
「マジ?話盛ってんじゃないの」
「いやそれが、営業の橋本さんが偶然一緒にいるの見かけたらしいけど、かなりイケてたらしい」
この噂話、記憶にある。
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