◆1 実可:そば処 のひら

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額に浮き出た汗を、弦瀬(つるせ)実可(みか)はレースのハンカチで拭った。 ため息がまた出る。 ノースリーブの白い薄手のブラウスも、コーラルピンクのフレアスカートの裏地も、汗ばんだ肌に貼りついて鬱陶しいことこの上ない。 ひと気のない、日曜日のオフィス街。 街路樹もろくにないせいで、8月真昼の容赦ない陽射しが直接降り注ぐ。アスファルトの照り返しまで受ける始末だ。 方向音痴の実可にとって、この街はまるで意地悪な迷路だった。 カラフルさに乏しく形も似たりよったりのビルが立ち並ぶせいで、距離感は掴めないしどの角も同じに見える。 おかげで、スマホの地図を頼りに教えてもらった住所を探して右往左往。 −−これじゃまるで自分の生き方だ。 身近な人間たちに愛され、好きな男と一生添い遂げる。そんなささやかな人生を夢見ていただけだった。 なのにこんな風に、たった1人で炎天下、途方に暮れそうになりながら歩き続けている。 一体どうしてこうなったんだろう。 −−でもそれも、今日で変わる。 −−いや、変えてみせる。 そう自分に言い聞かせると、まるでゴーストタウンを行くような孤独な気持ちで、疲れ始めた足を無理やり動かした。
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