22人が本棚に入れています
本棚に追加
額に浮き出た汗を、弦瀬実可はレースのハンカチで拭った。
ため息がまた出る。
ノースリーブの白い薄手のブラウスも、コーラルピンクのフレアスカートの裏地も、汗ばんだ肌に貼りついて鬱陶しいことこの上ない。
ひと気のない、日曜日のオフィス街。
街路樹もろくにないせいで、8月真昼の容赦ない陽射しが直接降り注ぐ。アスファルトの照り返しまで受ける始末だ。
方向音痴の実可にとって、この街はまるで意地悪な迷路だった。
カラフルさに乏しく形も似たりよったりのビルが立ち並ぶせいで、距離感は掴めないしどの角も同じに見える。
おかげで、スマホの地図を頼りに教えてもらった住所を探して右往左往。
−−これじゃまるで自分の生き方だ。
身近な人間たちに愛され、好きな男と一生添い遂げる。そんなささやかな人生を夢見ていただけだった。
なのにこんな風に、たった1人で炎天下、途方に暮れそうになりながら歩き続けている。
一体どうしてこうなったんだろう。
−−でもそれも、今日で変わる。
−−いや、変えてみせる。
そう自分に言い聞かせると、まるでゴーストタウンを行くような孤独な気持ちで、疲れ始めた足を無理やり動かした。
最初のコメントを投稿しよう!