◆1 実可:そば処 のひら

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そうこうするうち、小ぶりなビルが立ち並ぶ一画にようやく辿り着く。横道を入り、すこし奥まったところにあるのが目当ての建物だった。 古臭いデザインのタイル張りの雑居ビル。元の乳白色が長年の雨風に晒されて、ずいぶん濁った色に変わってしまっている。 その1階に、小さな蕎麦屋があった。 話に聞いた通り、紺色の暖簾に『そば処 のひら』という白文字が染め抜いてある。 からからから。 軽い音を立てる引き戸を入ると、すぐにテーブル席があった。 4卓あるうち、2人連れと個人客がそれぞれ別のテーブルに着き、無言でざる蕎麦を啜っている。 奥にはコの字になったカウンターがあり、すぐ脇には30代中程に見える女性が、手すきなのか寄りかかるようにして立っている。 海老茶色をした矢絣の着物に(たすき)とエプロン姿で、おそらく給仕担当だろう。 髪をひっつめ、キリリと上がった(まなじり)が粋だ。 奥のガラス張りの向こうでは、紺色の作務衣姿の青年が、こちらに背を向けて蕎麦を打っていた。 店の内装はほとんどが木でできていて、年季の入った濃いあめ色をしている。 −−もし煮込んだら、出汁(だし)が取れそう。 そんなバカバカしい考えが浮かんだ。
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