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そうこうするうち、小ぶりなビルが立ち並ぶ一画にようやく辿り着く。横道を入り、すこし奥まったところにあるのが目当ての建物だった。
古臭いデザインのタイル張りの雑居ビル。元の乳白色が長年の雨風に晒されて、ずいぶん濁った色に変わってしまっている。
その1階に、小さな蕎麦屋があった。
話に聞いた通り、紺色の暖簾に『そば処 のひら』という白文字が染め抜いてある。
からからから。
軽い音を立てる引き戸を入ると、すぐにテーブル席があった。
4卓あるうち、2人連れと個人客がそれぞれ別のテーブルに着き、無言でざる蕎麦を啜っている。
奥にはコの字になったカウンターがあり、すぐ脇には30代中程に見える女性が、手すきなのか寄りかかるようにして立っている。
海老茶色をした矢絣の着物に襷とエプロン姿で、おそらく給仕担当だろう。
髪をひっつめ、キリリと上がった眦が粋だ。
奥のガラス張りの向こうでは、紺色の作務衣姿の青年が、こちらに背を向けて蕎麦を打っていた。
店の内装はほとんどが木でできていて、年季の入った濃いあめ色をしている。
−−もし煮込んだら、出汁が取れそう。
そんなバカバカしい考えが浮かんだ。
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