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「化けの皮を買取してくれるお店があるよ」
馴染みのバーでそう教えてくれたのは、実可の勤める中堅商社の同僚、大城彩香だった。
仕事ができるだけでなく美人で気立てもよくて。
社内の誰それとつきあっただの別れただの、華やかな噂に事欠かない女性だった。
なのに、ぱっとしない実可となぜか気が合って、一緒に飲みに行っては仕事の愚痴を言い合うような仲だった。
しかし最近、学生時代の後輩との結婚が決まってからはすっかりおとなしくなり、その手の噂とは縁遠くなっている。
なんでも相手は大学の研究室勤務で、地味だし大金を稼ぐ予定もないと、彩香は笑って言った。
−−エリート商社マンと結婚して、将来は海外駐在員の妻同士のサロンでも開いていそう。
実可は勝手にそんな予想をしていたし、彩香自身もそれっぽいことを豪語していたから、ちょっと意外だった。
「化けの皮?」
「っていう言い方でいいのか分かんないけどね」
「彩香は売ったってこと?」
「うん」
「化けの皮なんて、被ってたの?」
自由奔放に飛び回り、男にも女にもモテて、人生をまっすぐに謳歌しているようにしか見えていなかったが。
「まあ色々ね。知らず知らずのうちに、余計なものをいっぱい着込んでたんだなあって思ったねえ」
ドライマティーニのオリーブを口に放り込みながら、しみじみと言う。
「売っぱらったおかげで、色々物の見方も変わったりしたし。実可も色々背負い過ぎてしんどくなったら、売るといいかもよ。買取価格もけっこういいし」
そう言って、自分が行ったという店の場所を教えてくれた。
もしかしたら、男関係でずっと悩んでいるのを思いやってくれたのかもしれない。
しかしその時はそれほど感情には訴えてこず、実可は情報をスマホに登録しておいただけだった。
しかし結婚式に出席し、憑物でも落ちたかのように柔らかい笑みを浮かべる心から幸せそうな彩香の姿を見ているうちに、ふいにそれを思い出したのだ。
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