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Tempp:わりと低空飛行様
プリンの恨み
https://estar.jp/novels/25875973
読書にとって重要な要素のひとつに『共感性』があります。
例えば『痛い』と書いただけでは読者にとって伝わりにくいですが、これを『試験終了時刻後間際になって気付くマークシートのズレくらい』とか『足元にあるキャスターに小指をぶつけたくらい』とか表現することで、「ああ、それは痛いな」と共感を得やすくなるわけです。
本作において、それは『怒り』です。
どの程度の怒りなのか。それは『冷蔵庫のプリンがいつの間にか無くなっていたこと』であると。誰かが勝手に食べてしまったと。
私のような甘党の人間にとって、これほどまでに人権を蹂躙される悪逆無道な振る舞いはありますまい。
それも、スーパーで3個1セットで売られているお買い得商品ではありません。寄りにも寄って『十勝の風薫る天国への梯子、半生ふわとろ極上プリン』なのです。
『十勝』と聞くだけでも食欲をそそるというのに、その上『天国への梯子』ですよ? しかも『半生ふわとろ』ときた日には、こんなの絶対に許せるはずがないじゃないですか。
もはや犯人に相応しい刑罰は死を以て他になし。ちょいと誰か! 中村主水さんを呼んでおくれでないかい!
また、前回の朝永京香さんの時にも申しましたが、小説は冒頭が大事です。
本作においてその冒頭は『私は激怒した』から始まります。この掴みが素晴らしい。「ある朝、私が冷蔵庫を開けると云々」などと言うチープな遣り取りの一切を排除した冒頭が、私は好きです。
また、改行や一行空けのタイミング、セリフの行を3つ続けるといったテクニックが随所に光るのも魅力です。
そして、ラストの落ちがユニークで。
スピーディーで読みやすく、かつ小気味いリズムで刻まれる「これぞコメディ」という素晴らしい一作です。
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