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生まれ育った国が滅びたみたい
「おまえの国が滅びたぞ。ちっ、金の為とはいえ、とんだ貧乏くじを引かされた。おまえなど、もう用はない。さっさとここから出て行け」
アロルド・ヴェッキオ男爵に告げられた瞬間、わたしは何もかも失った。
「いや、ちょっと待てよ……」
でっぷり太った体を長椅子の背に預け、アロルドの視線がわたしを上から下までなめまわす。
このサラボ王国の王太子の側妃だったわたしは、大国ソルダーノ皇国が祖国に侵略を開始した途端、密かに男爵に売り渡されてしまった。
祖国タルキ国の末っ子王女であるわたしを側妃にしていては、ソルダーノ皇国にたいして言い逃れが出来ないというわけなのでしょう。
タルキ国が負けるのは、火を見るよりも明らかであるから。
いいえ。それ以前に、軍事力のない祖国は、戦争じたい出来ないはず。
皇太子にとっては、その理由はいい大義名分になったことでしょう。
これまで、ずいぶんと婚約者や側妃をこっそり下級貴族に下賜しているらしい。
飽きてしまったら、はした金を払ってでも追い払いたいのである。
わずかなお金とともにわたしを得た男爵は、わたしを妻にするつもりなどない。
うまくいけば、金づるになるかもしれない。そんな打算があるだけである。
飲むとかならず暴力を振るわれた。それも、巧妙である。顔に傷がつけば売り物にならない。だから、腕や足、体を殴ったり蹴ったりする。
いいえ。つい最近はお酒の量が増えていて、そんな分別もなくなっていた。
顔も身体も手足も痣だらけの傷だらけになってしまっている。
逃げだしたい。だけどそれもかなわない。
なぜなら、部屋に閉じ込められているから。窓のない、物置みたいな部屋である。
「そうだ。いっそソルダーノ皇国に差しだしてやろうか?なにかしら褒美がもらえるかもしれん。さすがはおれだ。冴えている。よし。情報収集だ。おいっ、部屋に入っていろ。でかけてくるからな。言っておくが、逃げだそうなんて思うなよ。ほら、さっさと行け」
彼に追い立てられるようにして、部屋に閉じ込められた。
ドアの鍵が小さく「カチャン」と閉まる音がした。
つぎは、わたしの祖国を滅ぼしたソルダーノに売られてゆくわけね。
かろうじて寝床と呼べる寝台の上に座ると、耳障りな音を立てた。
さて、どうしたものか。
これまでは、生まれ育った国を、お父様やお兄様やお姉様たちを守るために我慢していたけど、その対象がなくなってしまった。
これ以上、我慢する必要はない。
ここまで頑張ったんですもの。これからは、自分自身を守るために行動してもいいわよね?
決めた。ここから逃げだしてやる。
それから?どこへゆくの?
これまでも、ソルダーノは侵略した国の王族や皇族を根こそぎ拘束し、場合によっては処刑している。
今回が例外というわけはない。
そもそも、彼らは小国であるタルキ国をどうして侵略したの?
小国で軍事力もないタルキは、ソルダーノにとっては脅威でもなんでもない。
平和でのどかな農業国家なのに。
そんな理由はどうでもいいわ。
どうせわかるわけもないんだし。
それよりも、どうするか、よね?
そのまえに、どこに行くか、よね?
とりあえず、変装する必要がある。
とにかくここから出るしかない。
あとは、そうね。
なるようになる。
そうと決まったら、行動よ。
立ち上がると、ボロボロの椅子を持ち上げ、思いっきり振りかぶってドアのノブに打ちつけた。
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