幼女が探す迷い猫

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     改札を通り抜けて、駅の構内から出ると、ブルッと体が震えた。  まだ完全に暗くなる時間帯ではないが、冬の寒空を見上げれば、分厚い雲が覆っている。今にも雪が降ってきそうな空模様だった。 「早く家に帰って、暖房で温まろう」  小さく独り言を呟いたタイミングで、耳慣れない声が聞こえてくる。 「お願いしまーす」  ふと見れば、5歳か6歳くらいの幼女だった。  赤いコートに包まれているけれど、温かそうには見えない。冬物ではなく、春や秋に着る服ではないだろうか。  薄幸そうなイメージから、一瞬「マッチ売りの少女」という言葉が頭に浮かぶ。しかし実際に彼女が(おこな)っているのは、チラシ配りだった。  とはいえ、マッチ売りであれチラシ配りであれ、こんな時間に子供一人にやらせる作業ではない。いったい親は何を考えているのか。  他人事ながら、少し腹が立ってくる。  しかも可哀想なことに、彼女は道ゆく人々から完全に無視されていた。 「お願いしまーす」  必死になってチラシを手渡そうとしているのに、誰一人として受け取ろうとしない。彼女に視線を向ける者すらいなかった。  これも最近の世情のせいだろうか。見知らぬ子供に迂闊に接すると、声かけ事案と判断されるので、みんな避けてしまうのだろうか。 「せめて私だけでも……」  勇気をもって幼女の方へ歩み寄り、チラシを受け取る。  大きな字で「猫を探しています」と書かれており、一匹の三毛猫の写真がプリントされていた。「名前:にゃんにゃー」「性別:オス」「年齢:10歳」など、細かい情報も記されている。 「この猫を探しているのか」  私の呟きは小声だったし、既に幼女の前は通り過ぎていたから、彼女の耳には入らなかったはず。  それでも幼女は、後ろから声をかけてきた。 「おじさん、ありがとう。ようやく……」  チラシを受け取ってもらえて、よほど嬉しかったのだろう。  微笑ましい気持ちで思わず振り返ると、彼女が浮かべていたのは、感謝とは程遠い表情。  冷たい笑顔だった。    
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