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獅々田はおもむろに、机に置かれている缶コーヒーを開けると、その場で一気に飲み干した。それを見た博士の目は、驚愕に見開かれている。
「っ……、ラベルを見てわかりました。このコーヒー、極端に苦いって評判だった奴ですよね。でも、僕にはそれがわかりません」
「……味覚障害かね」
獅々田は吐き捨てるように笑いながら、机の上に缶を置いた。
「生まれつきでしてね、嗅覚含め、他のどこも健康なのに、ここだけは機能しないんです。小さいころから世界中の医者を頼りましたが、結局ダメでした。そのたびに諦めそうになって、でもやっぱり諦めきれなくて……そんな時、博士の話を聞いたのです。人格交換の話を。それならひょっとしたら、と思って……約束します、もう一度、等とは決して言いません! ですからお願いです、どうか、どうか一度だけでいいのです!」
獅々田はソファーから立ち上がると、博士の前に立ち、土下座をして見せる。これには博士も困ってしまった。
「お願いです、お願いです……!」
「あぁ、もう、わかったわかった、顔を上げなさい。仕方ないな……私だって、別に意地悪を言いたいわけじゃあない。そんなに言うのなら、一度だけ交換に付き合ってやろうじゃないか。少し待っていなさい」
席を外し、少しして戻ってきた世田河原博士が持っていたのは、小ぶりな二つのヘルメットだった。工事現場で使われるような簡素なデザインのものから、針金のようなアンテナが数本飛び出している。
「こいつを頭に被り、スイッチを押せばいい。あとは勝手にヘルメットが全部やってくれる。簡単なものだろう」
「ここですね、わかりました。さぁ、早く博士も被って」
急かすような態度に呆れた博士が、渋々とヘルメットをかぶるのを確認するや否や、獅々田はヘルメットの横に備え付けられていたスイッチを押した。すると博士のヘルメットについているスイッチも同じように勝手に押され、二つのヘルメットから飛び出すアンテナから、火花のようなものが飛び散る。
次いで、獅々田の頭を、ヘルメットが締め付け始めた。ギリギリと万力のような力で押し込めるそれは、まるで獅々田の頭蓋を砕かんばかりであり、溜まらず獅々田は苦悶の声を上げる。見れば博士も同様に苦し気な表情をしており、その痛みはお互い様のようだった。そしてそのすぐ後に、獅々田は自分の頭から、何かが引きはがされるような感覚を覚えた。脳味噌の表面を引きちぎるような、そんな感覚。そして直後に、何かお面のようなものを、顔に貼り付けられたかのように錯覚して―――
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